Indo Monolog 48 -観光のまなざし-

観光のまなざし

私は観光をあまりしない。

バスケットボール以外のことにあまりにも無頓着だからかもしれない。

誰かの文化を知るために観光は大切だということはわかっていてもなぜか一人では足が進まないので、

誰かに連れていってもらうのが私のいつもの癖かもしれない。

人はなぜみな観光をしたがるのか。

昔、観光の大学で働いたときに思ったことでもある。

なので今回改めて自分の観光のまなざしをアップデートしたい。

私が願う観光のあり方が3つある。


・日常を大切にするための、日常からの脱却。

・非日常へ飛び込んだことによる新しい世界とのエンカウンター。

・あなたの日常をほんの少しだけ垣間見て、あなたとの再会をまた楽しみにしながら、その非日常かもしれない一期一会を楽しむ。


人は凝り固まったルーティンで生きているとストレスが溜まったり、その喧騒に少しずつ心が蝕まれたりしていく。

バスケットボールはルーティンこそが大切な一方で、ルーティンから離れられなければ誰かの想像を超えられることはできない。

日常から離れることは良くないことではなくて、日常を大切にしたいと思うなら、日常から離れて自分の日常とはかけ離れたところから自分の日常を改めて俯瞰することで見えてくることがある。


「非日常からあなたの日常を大切にする営み」つまりあなたの霧がかった日常に非日常という光を灯すことが観光のいいところの一つである。

そして私はなぜいつも非日常に飛び込んで新しいこと見たい、知りたいと思うのか。その答えは昔も今も変わらなくて


「自分の頭でっかちをカチ割って欲しい」のである。


新しい世界と出会うことで自分の当たり前を当たり前でなくしてほしいのである。


そして世界のどこかにいるまだ会ったこともないあなたに出会ったことで、世界と繋がっていられる世界観、


「私はこの世界に独りではなくあなたとこの世界で遠く離れていても同じこの世界の時間を過ごしている」と感じられる瞬間が、


私にはこの上なく嬉しく愛おしく感じるのである。

あなたとの出会いは一瞬で、あなたと過ごすその時間は一瞬でも、

「またいつか会えるよね」と不確実な約束をそこでして、あなたとのあるかもわからない再会を「未来で待つ」ことが、

私が私の日常をまたより一層大切にしようと思える、ルーティンであり、モチベーションなのである。

楽しかったその非日常を、

楽しいかどうかもわからないこれからの日常を過ごすための糧にして、

あなたと過ごしたその自分の日常のなかで起こり得なかった非日常を、

「自分のこれからのワクワクするかもしれない不安な未来に上乗せ」できる機会でもある。


自分の不確かな未来に、その確かにそこにあった非日常の記憶を、あなたのこれからのワクワクが待っている楽しい未来に上乗せして、またこの日常をより一層を大切にしようと思う心のあり方が、わたしにとっての観光のまなざしである。


観光とは「光を照らすこと」


まだ見ぬ世界に。

自分を覆い尽くしていた闇に。

まだ出会えていないとあなたとの世界に。

知らないことは怖い。

見えないものは怖い。

出会ってもない他者は怖い。

知らない自分に出会うのは怖い。


何が起こるかもわからない未来も怖い。

「光さえ照らせばもー怖くないよ?」


私はそんな観光がしたい。

一人でしたとしても誰かとしたとしてもそれはきっと変わらない。

今回インドネシアの生活が1年たって残り1年という折り返しのタイミングでリトアニアに行けたことは本当に良かったです。


頭をかち割って欲しくて世界に行くのだから、割られた分だけもっともっと成長していきたいと思います。


「非日常はいつも私をアップデートし続けてくれる」

ではそろそろ私の今の日常であるインドネシアに帰ります。


1年後にはまたここが、ここで過ごした日々が非日常に戻っていきます。

移ろいゆく日常と非日常の移動が、

また私を少しずつ成長させてくれると信じて、

今日からの非日常みたいな日常を1日1日大切にしていきたいと思います。



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