Indo Monolog 44 -終わりが始まった君へ-
残りが11ヶ月を切ったと思っていたら、同期はとうの昔に11ヶ月を切っていて、
なんなら3月終わりの人はもー5ヶ月だということに最近気づいた。
そうか、私がモンゴルで「まだ時間はある」と思っていたときも、
早い同期はもーすでにエンディングの準備を始めていたんだなと今になって気づかされたこともある。。
活動が停滞する場合もあれば、ラストスパートに気負いすぎる場合もあるし、
活動がハマりすぎて寝れなくなる場合もあるし、
挨拶回りが忙しくなって残りの記憶がないまま帰国ということもざらにあるかもしれない。
いずれにせよ身体には気をつけて無理はしないでほしいし、
最後だからといって焦らないでほしいとも思う。
「やり残しは日本へのお土産」ぐらいに思って、
またいつか現地へ戻ってくるための口実として持ち帰るぐらいがちょうどいいかもしれない。
そして活動がうまくいってなかったり、もー日本に帰りたくなっているあなたに少しだけ思い出してほしいことがある。
「この1年であなたがいちばん幸せだったときはいつだったか?」
それさえ思い出せたらきっとあなたは大丈夫。
もう一度活動をより良いものにできるはずだから。
数えきれないほどのエピソードを現地でもらってきたと思うけど、
どんなエピソードをあなたは思い出すことができますか?
現地の人にありがとうと言われた?
現地の人が自分のために怒ってくれた時?
現地の人が自分のことを外国人扱いしなくなった時?
現地の人が日本のことを想ってくれた時?
現地の人が自分のやり方を受け入れてくれた時?
現地の人が自分のことを家族だと言ってくれた時?
現地の人とお酒飲んで一緒に歌って踊った時?
思わず見上げた空の景色が綺麗だと思った時?
少しだけ自分のことを俯瞰してほしい。
「あなたは今誰と一緒にいて笑っているか?」
誰があなたといま一緒に過ごしているか?
誰が現地のあなたを作っているのかどうか。
あなたの活動は最後に打ち上げ花火を上げることではない。
(もちろん盛大な花火は綺麗かもしれない)
誰と最後に一緒にその花火を見るかのほうがきっと大切である。
でっかい祭りの花火よりも、
誰かとひっそりする線香花火のほうが良い思い出になる時もある。
誰かと打ち上げ花火を一緒に上げれたらきっと最高かもしれないけど、
それよりもあなたのためにみんなが一緒に集まってくれてる線香花火のほうが幸せかもしれない。
終わりを大切にすること。
カウントダウンを1日1日噛み締めて、
「今日も良い1日を誰かと過ごせたな」と思いながら布団でぐっすり眠れること。
特別な1日を過ごすことじゃなくて、
ありきたりなその毎日をカウントダウンしながら、
終わりに向かってよりいっそう大切にしていくことが、
終わりを始めるということなんだとおもう。
終活は終わるための準備とも言える。
活動を終えるためにあなたができることはなんなのか?
活動を終えるためにあなたがしたいことはなんなのか?
あなたの活動はどうすれば終わることができるのか?
あなたの終わりを誰が悲しんでくれて、
そして笑顔で受け入れてくれるのか?
あなたの終わりは現地の人にとって別に特別なイベントでもなんでもなく、
「あなたがいない世界の始まり」である。
あなたがいなくなったその世界で彼らは変わらずそこで一生懸命生きていくのである。
私たちの帰ったあとも、あなたのちょっぴり現地に残った意思と一緒に彼らのストーリーは続いていく。
「あなたがいない世界」は何も変わらずに動いていく。
でも、日本に帰ってもたまに連絡が来ると思う。
「久しぶり?元気にしてた?ちょうど今みんなであなたのことを話していたんだよ」と。
そんな未来のために、私たちは今日も1にち1日終わりに向かって、
今日という日を大切にできるんだと思う。
1日ずつ少なくなっていくと、1日ずつその意味が変わっていく。
どうでも良いと思っていた最初の1日は、
最後には喉から手が出るほど、
お金を払ってでも買いたい1日になる。
どうせ日本にいたって大して大切に使わない1日だったりするもんだから。
1日1日あなたが終わるための時間に使ってください。
「この1年であなたがいちばん幸せだったときはいつだったか?」
残りの過ごす毎日がいちばん幸せだったと思えるような日々を。
「色々あったけど意外とそんな悪い2年間じゃなかったな」と思えるような日々を。
帰国するその日にあなたは笑っているのか、それとも泣いているのか?
想像してみてください。
笑ってても泣いていててもどっちでも良いのだけど、
あなたが終わるその最後の日に、
あなたが現地の人たちを泣かして笑っていること。
あなたが現地の人に泣かされて笑われていること。
そんなエンディングに向かって、
今日も良い1日を終わらせていることを願って。
0コメント