Mongol Monolog 3 -15年後の国際協力 -

15年前の君へ



お元気ですか?

モンゴルはそこそこ寒くなってきたところでしょうか?


2011年の9月23日だと、あなたは父を亡くしてまだ悲しみに打ちひしがれているところでしょうか?まぁ時間はかかると思うけど頑張ってください。

同期があなたの面倒をきっと見てくれるでしょうし、あなたはきっとモンゴルの教え子たちにバスケを教えながらその傷を少しずつ癒していくことができるんだと思います。日本に帰りたくてしんどい時期かと思いますが、日にち薬ということで持ちこたえてください。


さて、あなたはきっといま活動たくさんの活動に明け暮れていると思います。大学の授業だけじゃなくて、モンゴルバスケットボール協会に行ったり、プロチームのヘッドコーチとして誘われたり、ブーブー異文化に文句を言いながら、睡眠時間削って毎日バスケ漬けの幸せな時間を送っているでしょう。


しかしながら、あなたはいつもモンゴル語の勉強をすることをサボっていたし、国際協力の際に起こる異文化の衝突を乗り越える術を知らなかったので、若さという勢いだけで走っているので効率としてあまり良くない方法で、私からしたら間違った努力で頑張っているように思います。


もちろんあなたがどのような苦労のもとで日々を頑張っているかはわかっているつもりです。

iPhone 4が出てばかりで、LINEもなければ、日本に電話するすべはSkypeか有料で1時間1000円ぐらい払ってNokiaのケータイで話すしかなかった時代です。


何回も街中を歩いていて危険な目に会っていましたね。若気のいたりで死んでても全然おかしくなかったと思います。彼らはチンギスーはんの子孫であり、生粋の戦闘民族(普段は全くもって温厚だけど)です。モンゴル人に勝てるわけないですから気をつけてください。



さて、今日は少し嬉しいことがあったのであなたに伝えたくて今こうしてこの記録を書いています。2026年の9月23日です。


普通に考えたらインドネシアのことだと思うでしょうが違います。

インドネシアではもれなく国際協力あるあるの洗礼を受けています。

ま、あなたがモンゴルでボコされたおかげで、私は今とても元気です、心配しないでください。あなたがそこで勝ち取ったレジリエンスやフレキシビリティはインドネシアでもそこそこ役に立っていると思います。


話したかったのはモンゴルの話です。2つあります。



1つは私の今の博士課程でお世話になっている日本の先生がモンゴルへ行って、

ソーシャルペダゴジーのレクチャーを児童施設にしに行きました。





その日本の先生は英語はペラペラだけど、モンゴル語は喋れないので、私が通訳を探しました。そしたらなんと私にモンゴル語を教えてくれたモンゴルの先生が通訳を買って出てくれました。

しかもそのレクチャーはオンラインでモンゴル全土に流れたらしく、モンゴルの田舎の児童施設の人たちにも届いたと思います。


すごくないですか?あなたの博士課程の先生がとあなたにモンゴル語を教えた先生がコラボレーションして、モンゴルと日本の国際協力を実現しています。そしてあなたが活動していたモンゴルの大学のバレー部の先生もその講義を見にいってくれていました。あなたに関わったモンゴル人と日本人が、あなたがいないモンゴルで国際協力のような活動を行なってくれています。私からしたら本当に羨ましい限りです。当時のあなたの実力では成し得ないようなことが15年後の今日あっさりと問題なく行われているのですから。






そしてもうひとつ。

今日あなたがバスケットボールを教えていた大学に、日本の大学からやってきたスポーツの先生があなたが活動していた体育学部の学生にレクチャーをしてくれました。しかも日本語ーモンゴル語の通訳をしているのはあなたの教え子です。あなたがあと1年ぐらい経った頃に、新入生としてあなたに弟子入りを請うてきたあの学生が、今は彼の恩師である日本の先生のレクチャーの通訳を自信を持ってやっているのです。もちろんあなたに頼らずに彼は自力でこのレクチャーのコーディネートや大学生からの質問も日本語へ翻訳したりと大活躍でした。

すごくないですか、あなたがいなくてもあなたの教え子は一人でこんなことをできるようになったのです。


15年前あなたはずっと生き急いでましたね。


「2年間で成果残さないといけない」とか


「なんで日本のこの正しいやり方を彼らは理解できないんだ」とか


「自分がいなくなったら自分の積み上げてきたものなんか何も残らない」とか


ずっとずっと傲慢なこと言いながら、自分のスペックを過大評価しながらぐるぐる堂々巡りしていましたね。


もっともっと勉強して国際協力のことを学べばよかったのに、

「実践に勝るものなし」とずっとプラクティショナーを気取っていましたね。


あれから15年たちました。


安心してください。あなたの予想した通り、あなたの残した成果などこれっぽちも残っていません。今だに日本のやり方なんかモンゴルのバスケ界では理解してもらっていません。


それでもモンゴルはモンゴルの、モンゴルらしいやり方で今も少しずつではありますが、モンゴルのバスケットボールカルチャーを少しずつ彼ら自身の手で少しずつ少しずつ発展させています。 


3x3の大会では世界でも注目されるようになったし、最近佐賀で行われた5on5の日本代表とモンゴルの代表ではなんとモンゴルが勝ちました。日本はAチームではなかったけど、モンゴルが日本にシニアの代表で公式戦で勝ったのはモンゴルのバスケットボール史上初です。


15年かかったけど、モンゴルはモンゴルらしく、あなたのことなどとうに忘れて、バスケットボールを盛り上げています。


モンゴルとインドネシアが今A代表同士で試合したら間違いなくモンゴルが勝つでしょう。

人口が300万人ぐらいの国が世界人口4位のインドネシアに勝てるってなんかおもしろいですよね。途上国同士なのに。。。。



あれ、何が言いたかったんだっけ?

そうだそうだ国際協力の話だ。


あなたは大学生でカンボジアに行って、

その想いを消化なのか昇華なのかわからないけど、

なんとか国際協力に従事したいと思ってモンゴルに行きましたよね。


でも、国際協力の現場なんでそう甘くはないし、新卒だし、語学もできないし、実力もないし、スマホもAIもLINEもないし、無力感に苛まれながら活動していたと思います。


結果的に自己満足でハッピーエンドで終われたかもしれないけど、実際にあなたの活動がレガシーで何か残ったかというと、私の知り限りでは何も残っていません。モンゴルで日本らしいバスケットボールよりも、NBAらしいバスケットボールやセルビアとかリトアニアとかのヨーロッパのバスケットボールのコーチやスタイルが主流になっています。


あなたが関わったバスケットボール関係者や選手たちはみな出世して、

モンゴル界で大活躍しているけど、新卒のあなたから学んだことなんてきっと何もないと感じているかもしれません。そもそもあなたのことを覚えているのかどうかも怪しいです。


国際協力なんてハードを寄贈したりしない限り草の根の個人の2年間の国際協力なんてそんなもんです。1%の人を除いて、99%の人たちが「何者にもなれないまま」「どこにもたどり着けないまま」終わるのが2年間あるあるです。あなたはマジョリティなので気にしなくて全然大丈夫です。たいした成果を出せなくても、あなたは間違いなくベストをそこで尽くしたんだから。



そして私は今インドネシアで活動していますが、最近ずっと「タイミング」のことを考えます。



「もし2026年にあなたがモンゴルで2年間過ごしてたならもっと成果や結果は変わったんじゃ?」と。


知識も年齢も、実力も語学も15年貯まった今ならもっとやれるんじゃないかと。

ただただそのタイミングの話だったんじゃないかと。


タイミングさえ合えばあなたのやりたかったことは間違ってなかったんじゃないかと。


活動を努力していない人なんているわけもなく、

ただただその人がそのタイミングでその場に入れたことが、活動の成果をいちばん出す鍵だったんじゃないかと。


つまり、「タイミングはあなたの力ではどうしようもできない」ということです。

なので活動がうまくいかなかったとしてもほとんどタイミングのせいみたいなもんです。

(もちろん15年前のあなたはあなたは間違いなく実力不足なので、全てをタイミングのせいに押し付けるのは良くないですけどね)




長くなったけどやっとここからあなたに話したかったことです。



「あなたは15年後の今何をしていると思いますか?」


あなたは15年後も現地の言葉を話せていますか?


あなたは15年後も現地の友達から連絡が来ますか?


あなたは15年後も現地と関わっていますか?


未来のことなのでもしかしたら想像できないかもしれません。


でも、あなたに今日これを書こうと思ったことは、

あなたが始めた物語が15年後の今日もこうして続いているということです。



あなたはもうモンゴルにはいないし、あなたの成果はもうモンゴルに残ってない。

(インドネシアで少しは成果出てればいいですね)



でも、あなたが始めた物語、正確には初代の先輩から引き継いだ物語は、

15年後もあなた抜きで、あなたの代わりに誰かが物語っているのです。


あなたなんていなくても現地の人が現地らしく現地のスピードで現地のやり方で、

日本と繋がっていてくれたらこんな嬉しいことないと思いませんか?


15年後にわかることもあるんです。

「あなたはモンゴルに何も残せなかったけど、あなたが15年前にモンゴルにいた意味はあった」のだと。


当時の、15年前のあなたには到底わからなかったと思います。無論2026年を生きている私にもわからなかったことです。


未来のことは誰にもわかりません。


でも、15年後に「タイミングってあるんだな」と感じることがあったんだと、

15年前のあなたに伝えたくて今日これを書きました。


よく小学校のタイムカプセルで、未来の自分に手紙を書くことがあるけれど、

過去の自分には手紙なんて書けません。


それでも思わずにはいられません。


あなたが2026年の9月23日に、

現地の人たちと一緒に笑いながら紡いでいる物語。


今はその意味を感じられなくても、

タイミングさえ合えばその意味は未来が勝手に回収してくれることもあるということ。



途上国は残酷です。必ず未来で回収されるハッピーエンドなんてないし、

少なくとも現地で奮闘しているあなたには想像できないかもしれません。


でも、少しだけ自分の15年後の未来を想像してみてください。

現地でいつも自分の名前を呼んでくる路上のクソガキたちが、

大人になって日本語を少しだけ話すようになるかもしれないその未来を。


現地でケンカばっかりしていたCPと15年後に日本のどこかでばったり会って、

「ケンカばっかりしてたなあの頃」と笑いながら一緒にお酒飲んでいる未来を。


全くバスケうまくならなかった教え子が、気づけば日本から大学の先生を呼んで立派に通訳している未来を。


あなたが残した成果が微々たるものであったとしても、

15年後にもしかしたら現地で関わった人たちの人生のページに2年間だけあなたとの物語が綴られているかもしれないという未来を。



もしも少しだけそんな物語の続きを未来を妄想して、

「15年後に私のやったことをもう一度確認するためにそのしかるべきタイミングを今は現地の人たちと一緒に笑いながら待ってよう」ともしも思えたなら、


あなたの活動は今よりももっと楽しいものになると思うんです。


あなたの活動は残り1年か半年ぐらいだと思いますが、

15年後の未来を想像してください。



国際協力に関わってようが、

そんな世界と無縁で生きていようが全くどっちだっていいです。


それでも2026年の9月23日に、あなたはそこにいて、

あなたは今日も現地の人と笑いながら、発狂しながら、今日も楽しくやっているはずです。



2041年の9月23日にあなたが何してるかなんて誰もわからないけど、

2041年の9月23日はあなたがその街で暮らした意味を感じるタイミングが来るかもしれません。


無責任なことなんか何も言えないけど、


「未来のあなただけのタイミング」


楽しみに待っていてください。




15年後の君から



p.s 

あと半年ぐらいしたらあなたは活動のし過ぎでインフルエンザになって1週間寝込みます。

(大切なプレイオフの前の試合にヘッドコーチなのに欠場します)


身体には本当にご自愛ください。まだまだあなたの国際協力の旅路は道半ばですから。

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