Jindo Basketball17 -バスケットボールと時間-
私にはよくわからないがバスケットボールには多くの魅力があるらしい。
ちゃんと他のスポーツと比べて見たこともないのでそれが本当かも確証がないのが、
よく言われるのは
・目まぐるしく入れ替わるスピーディーな展開(ハンドボールのがよっぽど早いと)
・得点がよく入る(シュートの回数が多い?)
・激しいフィジカルコンタクト
と言ったようなところだろうか?
今だに私はバスケットボールの魅力はよくわからないが、
最近読んだ本がきっかけで
「バスケットボールにまつわる時間」について考えるようになった。
今回は時間という切り口でバスケットボールをのぞいてみたい。
時間といっても本当に多種多様な時間がバスケットボールの中には存在する。
40分で行われる試合。
1回の攻撃を24秒以内にしなければならなかったり、
5秒以上ボールを保持してはいけなかったり、
3秒以上ゴール近辺で待っていてはいけなかったりと
まだまだあるがバスケットボールは時間的制約がとても課されている。
バスケットボールがスピーディーというよりは、
常に時間に追われている。急かされている。
常に締め切りに追われている提出物のようなものである。
人は時間があると、余裕が生まれ、冷静に物事を判断できるが、
いざ時間の制約(締め切りや遅刻等)があると、冷静な判断力を失い、
はたから見ても馬鹿げたようなことを平気でやらかしてしまう。
バスケットボールというものはそんな時間的制約の中たくさんのやらかさないミスを犯してしまう。だからこそ攻守が入れ替わってスピーディーになるかもしれない。
「あと2年間しかない」と焦るのと同じで、
「あと2秒でシュートを撃たないといけない」と無理な体勢でシュートを撃ったり、
ミスした後に瞬時にネガティブな感情を引きずらないで次に切り替えていかなければいけない。膨大な情報量の中で行われ、判断量が脳にオーバーフローし、適切な判断力が失われる中で常にベターチョイスを選び続けていかないといけないスポーツである。
バスケットボールはそして未来のことを考えないといけない。
コンマ1秒後を考えて1on1をしないといけない。
1秒後を考えてパスを出さないといけない。
5秒後を考えて次の準備をしないといけない。
24秒後に起こることを予想しないといけない。
10分後に予想される点数を勘定ししなければならない。
40分後の結末に備えて心の準備をしないといけない。
その1秒に集中するために時間を圧縮したり、
数分後のことを考えて時間を俯瞰して伸張したり、
限られた時間制限を、
自分の力で変幻自在にその時間を操っていかなければならないのである。
例えばバスケットボールには「時間を止める」ようなプレイが多々ある。
スキルで言うならフェイクのような動作のキャンセレーション。
あるいはドリブルでテンポを変えるヘジテーション。
相手を油断させるような、相手の時間を奪う、1秒でも時間を稼ぐようなミスディレクションや、バックドアやヘルプなどである。
コーチもタイムアウトで時間を切る。時間を切ることで悪い流れを断つのである。
選手を交代させてチームとしてのタイムマネジメントも行う。
また時間にはタイミングという時間と時間のエンカウンターも存在する。
ナイスパスとは味方と味方のタイミングがバッチリと出会うことであったり、
シュートをコンテストするということは相手に気持ちよくシュートを撃たせない。つまりはその人の時間軸に入り込んで邪魔(ノイズ)を入れる作業でもある。
バスケットボールは時間もまた味方となりそして敵となる。
時間の感覚を大切に教えることは途上国では困難であるが、
バスケットボールはその教材として大変有効だと思う。
時間を縛る(制約をかける)練習は時間感覚を養うで大変有効なので、きっちり時間を消し臆しながら練習に取り組めるときっとバスケットボールの状況判断(Quick and Better Decision)を養う上で大切なアビリティになるだろう。
そして時間と時間がすれ違うことがよくある。
バスケットボールは基本的に「空間的位置を先にとった方が優位なスポーツ」なので、
つまりそれはその空間に時間的に早くいたほうが優位であるともいえる。
空間的優位を位置を早く占有することが優位に試合を運ぶ条件である以上。
早ければ早い方が優位であり、相手に先回りされたばあい、さらにそこから後出しでより早く新しい位置座標を目指してそのポジションを奪いに行くことが求められる。
バスケットボールにはたくさんの時間が流れている。
1891年12月21日から始まりたくさんの技術が生まれ、それに伴いルールも変化した。
戦術の歴史も毎年のようにアップデートされ、現代バスケのトレンドが確立されている。
私はそんな時間の流れ、たかだか25年ぐらいをバスケットボールと共に流れているのである。
私は現在体育館に住んでいるが、毎日バスケットボールの時間が流れている。
土日やキッズのバスケットボール教室の音で起こされ、
平日の夜には草バスケで同好会のおっちゃんたちのバスケや、
社会人チームのスクリメージ、
たまに家に帰ったら知らないうちに大会が行われていて盛り上がっていたり、
同じ空間から変わらないはずの体育館にバスケットボールの時間が流れている。
災害の時は緊急避難場所になり、
誰もいない時は私だけの豪華な練習場所になり、
時には静寂を醸し出すオバケが出てきそうな夜の佇まいをしていたり、
その場所と出会うタイミングでその景色は違って見えるのである。
バスケットボールをしていると、自分の選手を見て過去の自分を思い出す時がある。
つまり自分の選手を媒介として、過去の自分に会うことができる。
そして今の自分の選手にきっちりと関わることで、過去の自分が救われることもある。
バスケットボールを通して過去に戻って、
過去を変えることはできないけど、
今の誰かを変えることによって、過去の自分に意味を与えることもできる。
それによって未来の自分にも新しい意味が生まれることもあるだろう。
タイムリープして時間をいったりきたりすることができる。
途上国のバスケットボールは何もかもが荒くて、
発展の速度やステージを思うと昭和(厳密には昭和)だなと感じることが多い。
それは日本のバスケットボールが通ってきた道であることも間違いない。
必ず誰もが通る道を改めて今この国でその時間を感じることができているのもタイムトラベルかもしれない。
バスケットボール先進国に行くとバスケ未来旅行している気分にもなる。
「これが日本が次に向かってる世界なのかな?」と感じることができる。
どこの国にもバスケットボールが流れる時間は違う。
そしてどのくにもその国が選んだバスケットボールの形がそこにはある。
そのバスケットボールが正しいか正しいかではなくて、
どのような時間を流れて今のそのバスケットボールがあるのかと考えるようになった。
コートを見れば、ボールを見れば、選手の履いてる靴を見れば、選手のスキルを見れば、コーチの戦術を見れば、だいたいいつの時代のバスケットボールを生きてきたのかわかるようになってきた。
バスケットボールに限らず国際協力は
「その流れている時間に国際的に協力すること」が求められているかもしれない。
早い遅いではなく、2つの違う時間軸の中で、その時間が交差するあるいは迎え会うタイミングを逃さずに、しかるべきタイミングで、現地の人たちはいちばん受け取りやすいパスをアシストすることなのかもしれない。
相手が取れないパスや、相手を怪我させるパスはそれは国際協力とは言えないから。
そして自分が出したくないパスも出してはいけない。
あなたの時間を奪うようなパスもそれは国際協力とは呼べないから。
「時間」という観点で切る(分析する)バスケットボール。
時間をバスケットボールに取り入れている指導者はどのくらいいるか?
練習にだけではない、バスケットボールのその全てに時間的な意味を与えている指導者のことである。
あなたが選手に出したパスは、
まるでタイムカプセルみたいに、
何十年後の選手に、彼らが忘れていたときに、ふと時空を超えて、届いていますか?
時限式のノールックパス。
いつか出せるようになりたいものです。
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