GMR 9 -Basketball Rubric-
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コーチングクリニックがPakamで終わった。
時間ができた時にまた動画のダイジェストは作りたいと思う。
現地のコーチやメダンにいるコーチとたくさん議論ができた。
地方にコーチングクリニックに行くことの無形財産である。
現地の地方ならではの課題や、メダンと比べてバスケットボールがどのような形をしているかを話すことができる貴重なそして有意義な時間となった。
それを踏まえて備忘録として気づいたことをメモしておきたい。
① 取捨選択
バスケットボールは学ばないといけないことが大変多い。しかも技術やファンダメンタルの習慣を定着させるにはとても多くの時間を費やしてしまう。例えば週3回の1日2時間の時間だとして、1年でできる練習の量はたかが知れている。私のコーチングクリニックも2時間を2回の4時間しか実施できなかったので教えられることは知れていた。それでもできるだけ多くのドリルやバリエーション、その目的を紹介したくて、同じ練習はせず(本当は技術定着のために繰り返したかった)にできるだけ「お土産」として置いて行くことにした。
自分のチームであればクライテリアに達するまで繰り返して時間を費やしたいがそれができないのが単発のコーチングクリニックの辛いところである。
なのでコーチの仕事は
・できる限り新しいことをたくさん教えるのか?
・技術を絞り、広く浅くではなく、狭く深く指導していくのか?
・退屈であったとしても次のステージのためにファンダメンタルをひたすら磨いていくのか?
育成のコーチはそれらも踏まえて自身の指導哲学や結果責任も考慮しながらバランスを考えていかないといけない。本当に頭が上がらない限りである。
② 秩序を整えること
例えば法律はなぜできるのか?それは無秩序なままだと世界が成立しなくなるからである。秩序を作り人ができるだけ快適に過ごせるように法ができる(既得権益のための立法などは除く)
バスケットボールも秩序を整えなければ基本的に無秩序なエゴだらけのバスケットボールになる。(ISOがエゴと言っているわけではない、NBAのISOは秩序とともに作り上げられていることが多いので)
それはImprovisational BasketballというかPrimitive basketballというか英語での表現が難しいが私にとってそれはいわゆる「草の根のバスケットボール」(Grassroots Basketball)あるいは「ノーガードでの純粋な殴り合い」(Ad-lib Basketball)という表現になる。
カオスとはまた違う。カオスは私の中では「ハイテンポでターンオーバーが増えやすいランダムな状況」なのでランダムなバスケットボールということになる。
そうではなく秩序がない状態、無秩序というよりかはワイルド(野生)でより自然な状態、なので秩序を持って戦うのではなく、より本能に従って(エコロジカル)臨機応変にサバイバルしていくようなバスケットボールである。
コーチは戦術やチームシステム、約束事、戦略、セットオフェンス、フォーメーションなど秩序をチームに与えて勝つために試合をトータルコーディネートしていくマネジメントが主なミッションである。
秩序をチームに生み出せないコーチはいてもいなくても一緒だろう。というか誰がやっても代替可能である。理想はコーチが秩序を試合中に作らなくても、自然とチームにそのシステムが浸透しているぐらい日々の中で練習でその秩序を落とし込めていることである。
試合の面白いところは、カオスな状況が増えると試合は自然と原初的なワイルドバスケットボールに戻っていく。秩序を40分間キープするということは選手たちにとって本当に至難の技だからである。疲れてきて秩序を守れない、相手の行動に対処できず秩序が崩壊する、情報量が多すぎてメンタルがパニックを起こす、などさまざまな外部環境要因が彼らの作り上げていた秩序を壊していくのである。
例えば最近の試合で私は秩序を作るために、
「相手に得点された後のオフェンスで速攻にいけない場合はエントリー(オフェンスの始め方)を必ずコールしなさい」と選手に伝えた。
私はガチガチのフォーメーションを組むのはあまり好きではないので、いつもエントリーだけにとどめている。エントリーは多すぎても混乱するので5つほど教えた。
例えばオフェンスポゼッションが80回ぐらいあったとして、
相手に60点ぐらいやられたとした場合は、計算上80回のうち25-30回はおそらくコールできるはずである。
しかし蓋を開けてみると5回ぐらいが現実で、多くても10回いけばいいほうだろう。
しかもその10回は5つ教えたはずのエントリーも、ほとんど偏って簡単なエントリーか、
たまたまうまくその時にはまったエントリーを多用してしまう傾向がある。
なぜ選手たちはコーチの指示した「秩序」を遂行できないのだろうか?
練習の時はできている。なぜなら必ず(エントリー)コールしないと私が練習を止めるからである。
答えは至ってシンプルですでにエントリーをコールする心の余裕が試合中になくなっているからである。
なのでコーチは時間が止まった時にコールの指示や、タイムアウトやクォーターブレイクの間に「エントリーがおろそかになってるからコールを忘れないように」とチーム全体で秩序を再確認するのである。
結論は「選手はパニックになると秩序を忘れて(失って)しまう」ということである。
なので私はロールポジションとして「エントリーメーカー」(セットオフェンスを指示する役割)を当てたがもちろんその選手も気づけばパニックになりエントリーコールを忘れている。
バスケットボールは40分を通して100%あったはずの秩序が少しずつ失われていく(野生に戻っていく)スポーツであると私は考えている。
コーチの仕事は彼らが野生化しないようにその秩序が失われないようにあの手この手を使って、野生化の進行速度を遅らせる、あるいは野生化のした時にメンバーチェンジやタイムアウトなどで秩序を再構成することである。
私は基本的にノーガードでの殴り合いは好きではない。なぜならフィジカルポテンシャルに多く依存して日本人やアジア人は勝てないからである。例え身体能力的に不利であったとしても唯一弱者が勝てる手段は徹底された秩序によって知恵と勇気で挑むことだと思っている。
野生のバスケットボールが好きだというとももちろんいるだろう。
アメリカには「オーバータイムエリート」というノーガードの殴り合いのバスケットボールリーグがある。
これはこれで「ノーガードで殴り合う」という秩序が作られているのである意味カオスではなく意図的に「知恵ではなく暴力で戦いなさい」というコンセプトで行われているので大変興味深い。
人は法(秩序)がないと最後は暴力(戦争)で他者を制圧する。
それはバスケットボールも同じことで、
秩序(システム)がなければ、暴力(身体優位性)でワイルドバスケットボールを行うのである。
秩序と暴力のバランスをうまく整えて戦うのがバスケットボールで、
コーチは勝つためにそのどちらも状況に応じて使い分けることができないといけない。
バイオレンスでバスケットボールは勝ち続けることはできない。
いつか自分よりフィジカルポテンシャルが高い選手が出てきた時に頭打ちになるからである。
私も中学生の時は遅生まれにも関わらず暴力性は少なからずあったので惰性でなんとかなった部分もあった。が、ステージが上がるにつれて自分の暴力性は極々平凡なものだと気づいていく。暴力性の限界を自身で早く気づけば気づくほど選手は、暴力以外で戦う術を覚える。それがいわゆる「智慧」であり、「IQ」ということになる。
仲の良いコーチとこんな話をした。
「メダンの大学生はまだまだバスケットボールが荒い。大学生になってもまだエゴが抜けない。彼らはそれよりもウエイトトレーニングを始めてより暴力性を上げようとする。だからIQは一向に育たない」
インドネシアにはフィジカルのトレーニングやハードスキルの練習はたくさんある。個人のシュートやドリブルの技術は子どもでもとても上手い選手が多い。しかしながら、ファンダメンタルやIQ、特にソフトスキルやディシジョンメイキング、試合を通してのコントリビューションを考えた練習や考えた方はほぼ皆無とも言える。
IQはパニック(心に余裕がない状態や状況認知する能力がキャパオーバーしている状態)になると試合中に著しく低下する。IQの基礎値が低いと試合中はもっと低下する。なのでファンダメンタルとしてIQという基礎値が高くなければ賢いプレイや、より良い選択は試合中には生まれないのである。
つまるところIQのための練習やドリルがこの国(主語が大きくなるとよくないので街にしておく)において圧倒的に不足している。
IQの向上にフォーカスした練習が圧倒的に少ないのである。暴力のためではなく、秩序を作るための練習をコーチは作らないといけない。日本では当たり前のように「分解練習」(特定のスキルを習得あるいは向上させるために、その状況や選択を強制させるような、より目的だけ切り取った細かな練習)を行う。時間がかかっても、より具体的に選手たちにセオリーから理解してもらうために行う。もちろん分解練習の賛否はあるので、ここでは議論しないができるだけ「練習の到達目標」を細かく、小さく、そして達成可能なレベルまで下げて達成させることで選手たちにそのスキル(ハードでもソフトでも)を可視化させて実現させなければならない。
練習で「成功体験」を積めなかった選手は試合でその「再現性」についてチャレンジできないからである。成功を知っているから選手はトライできるので選手に「チャレンジして良い心理的安全性」を練習で細かく与えておくこともとても重要である。
③ Basketball Rubric
最後に私がいちばん今回の記録で提唱したかったことが、
コーチは自分のチームの選手のために「オリジナルルーブリック」を持っていないといけないということである。
ハードスキルに対するルーブリックはもしかしたらあるかもしれないが、
私が言っているのはソフトスキル(Congnitive and Non-cognitive Skills)に関してのルーブリックである。
書き出したらまた膨大な長さと細かさになってしまうのでまたの機会にしたいが、
とてもざっくりとした例で申し訳ないが、
・アウトナンバーの時にワイドオープンの選手にパスをASAPで供給できる能力
・自分のディフェンスが自分から目を切っている時に空いているスペースに対してカット(バックドアやポストアップなど)できるか
・味方のディフェンスがやられそうになる1秒前にヘルプのスタンバイを行えるか
・味方のオフェンスの視野の中にいるうちにパスを呼ぶことができるか
など、これらの技術をもっと細かく細かくブレイクダウンしていって、できれば選手が理解できるようにターミノロージーをひとつひとつ英語で振ってあげることである(英語教育も兼ねる)。
IQスキルとはCognitiveなスキルであるのと同時にディフェンスやオフェンスに対して即応的に判断するBetter Reactionである。
自身の経験上Better Reactionの再現性は必ずIQの向上が必須である。
野生のバスケットボールでは少なくとも育成期は向上するefficiencyはとても悪いと言える。
いわゆる「能力バカ」である。
高校生の時に私より暴力性の高い上手い選手を何人も見てきた。
(もちろん彼らはミニバスの生え抜きであることは言うまでもないが・・・)
でも、暴力性が通じないステージまで上がると彼らはそこで終わる。
戦う術がなくなるのでそこでバスケットボールを辞めてしまうのである。
バスケットボール人口を増やしたいなら、
バスケットボールをどんな形であれ死ぬまで辞めない、
「バスケットボールと生涯関わり続ける人間を輩出すること」がバスケットボール従事者の役目だろう。
一過性の勝利で選手を怪我させたりバーニングアウトさせたり、トラウマを作り引退させるような指導ではバスケットボールの人口は増えないし、カルチャー醸成も難しい。
バスケットボールを生涯楽しく続けていくための旅のお供が「IQ」なのだと思っている。
インドネシアの生活が終わるまでになんとか「インドネシアのための日本人が作るIQルーブリック」を作りたいと思っているがさてできるのだろうか・・・・
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bhs
Coaching clinic di Pakam telah selesai.
Jika ada waktu luang, saya ingin membuat video ringkasannya (highlight).
Saya sempat berdiskusi banyak dengan para pelatih lokal di sana dan para pelatih yang ada di Medan. Ini adalah salah satu bentuk aset tak berwujud (intangible asset) yang didapat ketika kita mengadakan coaching clinic ke daerah-daerah.
Ini menjadi momen yang sangat berharga dan bermakna, di mana kami bisa membahas isu-isu spesifik yang unik di daerah tersebut, serta bagaimana karakteristik bola basket mereka jika dibandingkan dengan kota Medan.
Berdasarkan hal tersebut, saya ingin mencatat beberapa poin penting yang saya sadari sebagai bahan pengingat (memorandum).
① Pilah dan Pilih (Prioritization)
Dalam bola basket, ada terlampau banyak hal yang harus dipelajari. Terlebih lagi, menanamkan suatu kebiasaan teknik (skill) dan fundamental (fundamental habits) yang kokoh membutuhkan waktu yang sangat lama. Katakanlah sebuah tim berlatih 3 kali seminggu dengan durasi 2 jam per sesi; kuantitas latihan yang bisa dilakukan dalam setahun sebenarnya sangat terbatas. Coaching clinic yang saya jalankan kemarin pun hanya berlangsung selama 4 jam (2 jam x 2 sesi), sehingga materi yang bisa diajarkan pun tentu terbatas. Kendati demikian, karena saya ingin memperkenalkan sebanyak mungkin variasi drill beserta tujuannya, saya sengaja tidak mengulang menu latihan yang sama (meskipun idealnya latihan harus diulang-ulang demi penguasaan teknik). Saya memilih untuk memberikan materi-materi tersebut sebagai "oleh-oleh" yang bisa mereka bawa pulang.
Jika melatih tim sendiri, saya tentu ingin menghabiskan waktu dengan mengulang-ulang gerakan sampai mencapai standar (criteria) yang diinginkan. Namun, ketidakberdayaan untuk melakukan hal itulah yang menjadi tantangan terberat dalam sebuah coaching clinic yang bersifat satu kali pertemuan (single session).
Oleh karena itu, tugas seorang pelatih adalah menentukan pilihan:
• Apakah harus mengajarkan hal baru sebanyak mungkin?
• Apakah harus membatasi teknik yang diajarkan, lalu melatihnya secara mendalam (narrow and deep) alih-alih meluas tetapi dangkal (wide and shallow)?
• Ataukah harus terus mengasah hal fundamental tanpa henti demi jenjang karier pemain selanjutnya, meskipun latihan tersebut terasa membosankan?
Sebagai pelatih di level pembinaan (youth development coach), kita harus mempertimbangkan keseimbangan dari poin-poin di atas dengan tetap memperhatikan filosofi kepelatihan (coaching philosophy) serta tanggung jawab terhadap hasil akhir (accountability). Sungguh, saya menaruh rasa hormat yang setinggi-tingginya kepada para pelatih pembinaan.
② Menata Keteraturan (Establishing Order)
Sebagai analogi, mengapa hukum itu diciptakan? Jawabannya adalah karena tanpa hukum, dunia akan hancur akibat ketidakberaturan (disorder). Hukum dibuat untuk menciptakan keteraturan (order) agar manusia dapat hidup senyaman mungkin (di luar konteks pembuatan hukum demi kepentingan kelompok tertentu).
Begitu pula dalam bola basket. Jika kita tidak menata keteraturan, esensi permainan akan berubah menjadi permainan yang egois dan tanpa arah. (Saya tidak mengatakan bahwa isolation play / ISO adalah tindakan egois; karena ISO di level NBA sekalipun umumnya dibangun di atas sebuah keteraturan taktis).
Kondisi tanpa taktik ini agak sulit diungkapkan dalam bahasa Inggris—apakah lebih cocok disebut Improvisational Basketball atau Primitive Basketball. Namun bagi saya, fenomena ini merepresentasikan apa yang disebut dengan "Grassroots Basketball" (bola basket akar rumput) atau "Ad-lib Basketball" (permainan ad-lib / murni adu serangan tanpa pertahanan / no-guard shootout).
Kondisi ini berbeda dengan chaos (k混沌). Bagi saya, chaos adalah "situasi acak (random) dengan tempo permainan yang tinggi (high tempo) sehingga rentan memicu terjadinya turnover." Jadi, chaos mengarah pada random basketball.
Sedangkan kondisi yang saya maksud di atas adalah kondisi tanpa keteraturan. Bukan sekadar tidak beraturan, melainkan sebuah kondisi yang lebih liar (wild) dan alami (natural). Di sini, tim bertanding bukan dengan mengandalkan keteraturan taktis, melainkan bertahan hidup (survival) secara situasional dengan mengikuti insting murni (ecological).
Misi utama seorang pelatih adalah melakukan manajemen dan koordinasi permainan secara menyeluruh untuk meraih kemenangan, yaitu dengan memberikan keteraturan (order) ke dalam tim melalui taktik, sistem tim (team system), kesepakatan bersama (team principles), strategi, set-offense, maupun formation.
Pelatih yang tidak mampu menciptakan keteraturan di dalam timnya bisa dikatakan sama saja dengan tidak ada; atau dengan kata lain, posisinya sangat mudah digantikan oleh siapa pun. Kondisi yang ideal adalah ketika pelatih tidak perlu lagi mendikte keteraturan tersebut di tengah pertandingan, karena sistem tersebut sudah meresap secara alami ke dalam tim berkat latihan sehari-hari.
Sisi menarik dari pertandingan bola basket adalah ketika situasi chaos meningkat, permainan secara alami akan kembali ke bentuk aslinya, yaitu wild basketball yang primitif. Mempertahankan keteraturan taktis selama penuh 40 menit pertandingan adalah hal yang teramat sulit bagi para pemain. Faktor lingkungan eksternal seperti rasa lelah yang mengikis kedisiplinan, ketidakmampuan merespons pergerakan lawan yang merusak sistem, hingga kepanikan mental akibat terlalu banyaknya informasi (cognitive overload), semuanya bekerja mengikis keteraturan yang telah dibangun.
Sebagai contoh, pada pertandingan baru-baru ini, demi menciptakan keteraturan, saya instruksikan kepada pemain:
"Jika kita kemasukan poin dan tidak bisa melakukan fast break saat transisi ofensif, kalian wajib melakukan calling untuk menentukan entry (cara memulai set-offense)."
Karena saya pribadi kurang menyukai sistem formation yang terlalu kaku, saya selalu membatasi instruksi hanya sampai pada tahap entry. Namun, jika terlalu banyak diajarkan, pemain justru akan bingung, jadi saya hanya mengajarkan sekitar 5 jenis entry.
Secara matematis, jika dalam satu pertandingan terdapat sekitar 80 possession ofensif dan lawan mencetak sekitar 60 poin, seharusnya pemain memiliki kesempatan untuk melakukan calling sebanyak 25 sampai 30 kali.
Namun kenyataannya di lapangan, mereka hanya melakukannya sekitar 5 kali, atau paling banyak 10 kali. Parahnya lagi, dari 10 kali kesempatan tersebut, mereka cenderung hanya menggunakan satu atau dua entry yang paling mudah secara berulang-ulang, atau entry yang kebetulan berhasil dieksekusi dengan baik pada momen sebelumnya, padahal ada 5 jenis entry yang sudah diajarkan.
Mengapa pemain tidak mampu menjalankan "keteraturan" yang diperintahkan oleh pelatih? Saat latihan mereka bisa melakukannya. Tentu saja bisa, karena jika mereka tidak melakukan calling entry, saya akan langsung menghentikan latihan.
Jawabannya sangat sederhana: saat bertanding, mereka sudah kehilangan ketenangan mental (peace of mind) untuk sekadar melakukan calling.
Oleh karena itu, peran pelatih adalah memanfaatkan momen saat waktu berhenti (dead ball), waktu time-out, atau jeda antar-kuarter untuk mengingatkan kembali: "Kalian mulai abai dengan entry, jangan lupa lakukan calling." Di sinilah pelatih menyusun kembali keteraturan tim.
Kesimpulannya adalah: "Pemain akan melupakan (kehilangan) keteraturan taktis ketika mereka panik."
Untuk mengatasi hal ini, saya sempat menunjuk satu pemain untuk peran spesifik sebagai Entry Maker (pengambil keputusan untuk menginstruksikan set-offense). Namun, ketika pertandingan berjalan, pemain tersebut pun ikut panik dan lupa melakukan calling.
Saya memandang bola basket sebagai olahraga di mana keteraturan yang awalnya utuh 100%, lambat laun akan terkikis dan hanyut kembali ke sifat liarnya (back to wild) sepanjang 40 menit laga berjalan.
Tugas pelatih adalah menggunakan berbagai cara agar para pemain tidak menjadi "liar" dan menjaga agar keteraturan tersebut tidak hilang. Pelatih harus memperlambat proses "liarisasi" tersebut, atau jika tim sudah terlanjur liar, segera menyusun kembali keteraturan melalui pergantian pemain (substitution) maupun time-out.
Pada dasarnya, saya tidak menyukai permainan yang murni mengandalkan adu serang tanpa pertahanan (no-guard shootout). Mengapa? Karena gaya permainan seperti itu sangat bergantung pada potensi fisik (physical dominance), dan secara historis pemain Jepang atau Asia sulit menang jika beradu fisik murni. Saya percaya bahwa satu-satunya cara bagi tim yang lebih lemah (underdog) untuk mengalahkan tim yang kuat adalah dengan menantang mereka menggunakan kecerdasan dan keberanian melalui keteraturan taktis yang disiplin.
Tentu saja, ada orang yang menyukai gaya permainan bola basket yang liar.
Di Amerika, terdapat sebuah liga bola basket muda bernama "Overtime Elite" (OTE) yang terkenal dengan gaya permainan adu serang tanpa pertahanan ini.
https://overtimeelite.com
Namun, liga ini menarik karena mereka sengaja membentuk "keteraturan" di atas konsep "adu serang" tersebut. Di satu sisi, ini bukan sekadar chaos, melainkan sebuah konsep terstruktur yang sengaja dirancang dengan pesan: "Bertarunglah dengan kekuatan fisik (violence), bukan dengan kecerdasan taktis (wisdom)."
Ketika manusia tidak memiliki hukum (keteraturan), pada akhirnya mereka akan menundukkan orang lain dengan kekuatan fisik (perang). Hal yang sama berlaku dalam bola basket; jika tidak ada keteraturan (sistem), permainan akan berubah menjadi wild basketball yang didominasi oleh kekuatan fisik (physical superiority).
Bola basket adalah seni bertanding dengan menyeimbangkan antara keteraturan (order) dan kekuatan fisik (violence). Seorang pelatih harus mampu memanfaatkan kedua aspek tersebut secara adaptif sesuai dengan situasi di lapangan untuk meraih kemenangan.
Namun, Anda tidak akan bisa terus-menerus menang hanya dengan mengandalkan kekuatan fisik (violence). Suatu saat, Anda akan bentrok dengan pemain yang memiliki potensi fisik jauh lebih tinggi, dan di situlah perkembangan Anda akan buntu.
Saat saya masih di bangku SMP, meskipun saya termasuk anak yang terlambat berkembang secara fisik (late-born), saya memiliki agresivitas fisik yang lumayan, sehingga permainan saya masih bisa terselamatkan oleh momentum. Namun, seiring naik ke tingkat kejuaraan yang lebih tinggi, saya sadar bahwa kapasitas fisik saya ternyata sangat biasa saja. Semakin cepat seorang pemain menyadari batas kemampuan fisiknya, semakin cepat pula ia akan belajar cara bertanding tanpa mengandalkan otot murni. Inilah yang kita sebut dengan "Kecerdasan Taktis" (Wisdom) atau "Basketball IQ".
Saya pernah mendiskusikan hal ini dengan seorang rekan pelatih yang dekat dengan saya:
"Pemain mahasiswa di Medan permainannya masih kasar. Bahkan di tingkat universitas pun, ego mereka belum hilang. Alih-alih mengasah taktik, mereka justru langsung berfokus pada weight training untuk meningkatkan massa otot dan kekuatan fisik. Akibatnya, Basketball IQ mereka tidak pernah berkembang."
Di Indonesia, porsi latihan fisik (physical conditioning) dan latihan keterampilan teknis (hard skills) sangatlah melimpah. Banyak pemain, bahkan sejak usia anak-anak, yang memiliki kemampuan individu luar biasa dalam hal shooting maupun dribbling. Namun, porsi latihan atau pola pikir yang menitikberatkan pada fundamental taktis, Basketball IQ, terutama keterampilan interpersonal (soft skills), pengambilan keputusan (decision making), serta bagaimana memberikan kontribusi nyata terhadap tim sepanjang pertandingan (game contribution), bisa dikatakan hampir tidak ada.
Basketball IQ akan menurun drastis di tengah pertandingan ketika pemain mengalami panik (kondisi di mana ruang mental menyempit dan kapasitas untuk melakukan pemindaian situasi / situational awareness sudah melebihi batas). Jika nilai dasar Basketball IQ seorang pemain sudah rendah sejak awal, maka penurunannya di lapangan akan jauh lebih parah. Oleh karena itu, tanpa adanya nilai dasar Basketball IQ yang tinggi sebagai fondasi fundamental, keputusan bermain yang cerdas (smart plays) atau pilihan keputusan yang lebih baik (better shot/pass selection) tidak akan pernah tercipta di tengah laga.
Kesimpulannya, menu latihan dan drill yang dirancang untuk mengasah Basketball IQ masih sangat kurang di kota ini (saya persempit ruang lingkupnya menjadi "kota", agar tidak generalisasi terlalu luas untuk satu negara).
Porsi latihan yang berfokus pada peningkatan Basketball IQ terlampau sedikit. Seorang pelatih harus menciptakan latihan yang bertujuan untuk membangun keteraturan, bukan sekadar melatih otot. Di Jepang, kami lumrah melakukan "Breakdown Drill" (latihan terfragmentasi: latihan mendalam yang memotong situasi tertentu dan memaksa pemain mengambil keputusan/pilihan spesifik demi menguasai suatu skill). Proses ini kami lakukan agar pemain dapat memahami teori permainan (basketball theory) secara konkrit, meskipun membutuhkan waktu yang lama. Tentu saja ada pro dan kontra mengenai breakdown drill, jadi saya tidak akan memperdebatkannya di sini. Namun, intinya adalah pelatih harus menurunkan target capaian latihan (learning objectives) menjadi lebih detail, kecil, dan berada pada level yang dapat dicapai (achievable). Dengan mencapainya secara bertahap, keterampilan tersebut (baik hard skills maupun soft skills) dapat divisualisasikan dan diwujudkan oleh pemain.
Sebab, pemain yang tidak pernah mengumpulkan "pengalaman sukses" (success experience) saat latihan, tidak akan pernah bisa menantang diri mereka untuk mereplikasinya (replicability) di tengah pertandingan. Pemain hanya berani mencoba ketika mereka tahu bagaimana rasanya berhasil. Oleh karena itu, memberikan ruang aman secara detail di dalam latihan agar pemain merasa bebas untuk mencoba sesuatu tanpa takut salah (psychological safety to challenge) adalah hal yang sangat krusial.
③ Rubrik Bola Basket (Basketball Rubric)
Terakhir, poin paling utama yang ingin saya gagas melalui catatan kali ini adalah: seorang pelatih wajib memiliki "Rubrik Orisinal" yang dirancang khusus untuk para pemain di timnya.
Mungkin beberapa pelatih sudah memiliki rubrik untuk menilai keterampilan teknis (hard skills), namun yang saya maksud di sini adalah rubrik untuk mengukur keterampilan non-teknis, yaitu Cognitive and Non-cognitive Skills (Keterampilan Kognitif dan Non-Kognitif / Laki-laki / Llife Skills).
Jika saya jabarkan seluruh instrumennya di sini, tulisan ini akan menjadi terlampau panjang dan detail, jadi mari kita bahas di lain kesempatan. Namun, sebagai contoh kasarnya:
• Kemampuan menyuplai operan secepat mungkin (pass ASAP) kepada rekan yang berada dalam posisi wide open saat situasi menang jumlah pemain (outnumber / transition advantage).
• Kemampuan melakukan cutting (backdoor cut, post-up, dll) memanfaatkan ruang kosong saat pemain bertahan lawan sedang lengah atau mengalihkan pandangan dari kita (losing ball-man eye contact).
• Kemampuan melakukan persiapan bantuan (help defense standby) satu detik sebelum rekan setim dilewati oleh lawannya.
• Kemampuan meminta bola (calling for the ball) secara aktif selagi berada di dalam ruang pandang (vision) rekan setim yang sedang memegang bola.
Keterampilan-keterampilan di atas harus dipecah lagi menjadi indikator yang sangat detail, dan jika memungkinkan, setiap indikator diberi label menggunakan istilah terminologi resmi bahasa Inggris (basketball terminology). Langkah ini sekaligus berfungsi sebagai sarana edukasi bahasa Inggris bagi para pemain.
Keterampilan IQ basket (IQ skills) merupakan bagian dari Cognitive Skills, sekaligus representasi dari reaksi taktis yang lebih baik (Better Reaction) dalam merespons situasi ofensif maupun defensif secara instan.
Berdasarkan pengalaman saya pribadi, konsistensi untuk memunculkan Better Reaction ini hanya bisa dicapai melalui peningkatan Basketball IQ. Di dalam ekosistem wild basketball, efisiensi perkembangan pemain—terutama pada masa pembinaan usia muda—bisa dikatakan sangat buruk. Pemain seperti ini biasanya hanya berakhir menjadi pemain yang mengandalkan bakat atletis murni tanpa otak (di Jepang kami menyebutnya Nouryoku-Baka / "bakat tanpa kecerdasan").
Saat SMA, saya melihat banyak sekali pemain hebat yang memiliki kemampuan fisik dan agresivitas yang jauh di atas saya. (Tentu tidak perlu diragukan lagi bahwa mereka adalah produk unggulan yang sudah ditempa sejak kompetisi usia dini / mini-basket).
Namun, begitu mereka naik ke level kompetisi yang lebih tinggi, di mana kekuatan fisik mereka tidak lagi mempan untuk mendominasi, karier mereka langsung selesai. Karena kehilangan cara untuk bertanding, mereka akhirnya memilih untuk pensiun dan berhenti bermain bola basket.
Jika kita ingin menambah populasi pencinta bola basket, tugas sejati bagi kita yang berkecimpung di dunia ini adalah "melahirkan individu yang akan terus terhubung dan mencintai bola basket seumur hidup mereka", dalam bentuk dan peran apa pun, hingga akhir hayat.
Pola kepelatihan yang hanya mengejar kemenangan sesaat demi gengsi, tetapi mengorbankan pemain hingga cedera, mengalami kejenuhan mental (burnout), menciptakan trauma, hingga akhirnya membuat mereka pensiun dini, tidak akan pernah bisa menambah populasi pemain maupun membangun kultur bola basket (basketball culture) yang sehat.
Saya percaya bahwa "Basketball IQ" adalah teman perjalanan terbaik yang akan menemani para pemain agar mereka dapat terus menikmati bola basket dengan bahagia seumur hidup mereka.
Sebelum masa tinggal saya di Indonesia berakhir, saya bercita-cita untuk menyusun sebuah "Rubrik IQ ala Jepang yang Disesuaikan untuk Indonesia". Saya berharap rencana ini bisa terwujud dengan baik.
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