Jindo Basketball 14 -Semi Bersihと勝利途上主義-
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インドネシアにはインドネシア独自のバスケットボールルールがある。
たくさんあるので何から話せばいいかわからないが、
今日はSemi-Bersihについて。
日本は基本的にFIBAルール(国際標準)に準拠しているのでこれが世界のスタンダードだと思っていると世界は意外とそんなことはない。モンゴルも違えばインドネシアも違う。
日本のミニバスのルールやU15までのゾーンディフェンスの禁止は日本のオリジナルだとも言える。
インドネシアでは時間に関しての独自のルールがある。
1. Bersih
2. Semi- Bersih
3. Kotor
である。
私の学んだインドネシア語では、
1.綺麗
2.半分綺麗
3. 汚い
に該当しなぜこの言い回しになるのか不思議なぐらい由来が気になるが、
ネイティブに由来を聞いてもおそらくわからないと思われる。
(日本人だって日本語の由来や語源は基本的に知らないので・・・)
簡単に説明すると
1. Bersih : FIBAルールと同じで全ての時間を止める
2. Semi-Bersih : メンバーチェンジとバイオレーションは時間を流す
3. Kotor: タイムアウトやフリースローを含む全ての時間を流す
というものである。
なぜこのようなことになるかというと、
試合進行スケジュールを時間通りに行いたいというビジネスライクな側面がある。
またインドネシアは体育館が少ない(学校で公式戦ができる体育館はほぼない)し、
人口も多いので、参加チーム数が多い時は(日本のように2面確保もできない)試合数をできる限り捌かないといけないためこのようなルールになったと私は推測している。
日本は基本的に全ての試合をBersihで行うが、カテゴリによっては10分の4Qではなく、
8分の4Qや6分の4Q、あるいはKotorのようにランニングクロックで行うこともあったり、
ハーフタイムや前の試合と次の試合の間隔を調整して、試合進行をスムーズに行う。
ちなみにSemi-BersihでもKotorでも4Qの残り2分(FIBAでは全ての時間が止まるので)はBersihになることが多い。
Semi-Bresihはインドネシアのバスケットボール環境に応じた合理的な配慮の元できたルールだと感心する一方で日本人の目から見ると色々な要因が考えられる。
インドネシアがBersihにできない理由。
・ファールやバイオレーションが多すぎて時間が止まりすぎる。
・バイオレーションやファールの際に日本のようにasapで試合が再開されない。
まずインドネシアはバイオレーションが多すぎる。これはインドネシアのファンダメンタルの低さから起こってしまう。トラベリングとダブルドリブル、そしてディフレクションによるアウトオブバウンズである。特にミニのカテゴリや女子はヘルドボールも全て時間が流れてしまうのである。
そして不必要なファールがとんでもなく多いのでその度にいちいちゲームは止まるのに時間はずっと流れていくのである。
ディフェンスの手だけのイリーガルハンドオブユースや、
ファーストブレイクの時のランニングプレーはほぼ100%ディフェンスはブロックに飛ぶので、ファールかブロックのアウトオブバンズが起こるのである。
アウトオブバンズやファールや転倒で試合が遅延しても、日本は選手も審判も可能な限り急いで試合を再開しようとするが、基本的に選手が転がっていったボールを走っていくこともないし、審判が急いでリカバリーすることもない。
また、インドネシアの監督はほぼ100%タイムアウトの秒数を守らないので審判が再開を促すが20秒ぐらいは必ず遅れるので、それが1試合で10回続けば相当な遅延になるとも思われる(タイムアウトでも時間が止まらないのはKotorだけであるが、結果1日の進行スケジュール的には遅れていく)
フリースローであるならテーブルオフィシャルが気づいた時点(数秒したら)で時間は止まるのだけども、アンスポギリギリのフリースローがない危ないファールで選手が転倒して怪我したりした場合は、審判の意思でそのクロックを止めない限りずっと時間が流れていくのである。
最初インドネシアの試合は全ての試合がロースコアで、インドネシアの選手のシュート率が低すぎてそうさせるものだとばかり思っていたが、時間が流れすぎていて正味のゲームをできている時間がほぼないのである。(もちろんシュート成功率は低いし試投数も少ないが)
Bersihは終わる時間が読めないというデメリットがあり、
Semi-Bersihは選手のプレイ従事時間が読めないというデメリットがある。
Bersihはプレイヤーズファーストであり、
Semi-Bersihはゲームオペレーションファーストであると言える。
とはいえSemi-Bersihのおかげで少しでも多くのチームが試合をできるので、
一概にどちらがいいとはなんとも言えない。
インドネシアの設備環境を考慮されてできた最適解がおそらくSemi-Bersihだと思われる。
しかしながら、Semi-Bersihには個人的に看過できない問題点が数多く存在する。
・時間を流してしまう行為は選手のプレイングタイム(経験)を削ってしまう。
・上記を担保する時に頻繁にメンバーチェンジを行えない(時間は止まらないので)
・メンバーチェンジを行いずらいと戦術が変わる。
・必然的にロースコアゲームになるので戦略をSemi-Bresih仕様にしなければならない。
・勝つことだけを考えた時にはBersihとSemi-Bersihは別の競技になってしまう。
わかりやすく説明すると、選手のプレイングタイムを考えると選手を都度ターンオーバーが起こるたびに変えるとそれだけでどんどん試合時間が減っていく。ターンオーバーが多すぎたとしても頻繁に交代することができない。私がSemi-BersihでHCをするときは必ずタイムアウトを取ってから彼らを交代させる(勝つことよりも育成を重視したいので)。そうなると適切なタイミングで選手を交代させることができないので勝ちにくくなる。
逆説的に考えると、試合にただ勝ちたい場合は、自分たちが勝っている場合はメンバーチェンジを毎回行って(ルール上問題はない)時間をどんどん流していけば相手が逆転不可能な時間帯にまで持っていくことができる。
ロースコアゲームが予想されるとするならば、戦術的には間違いなく確率の高いシュートを少しでも多く撃つことが望ましい。となると必要な戦術としては、ファーストブレイクを頻発できるハイテンポ、イージーシュートをたくさん撃つためのフルコートプレス(特にインドネシアはゾーンプレスが好きな傾向がある)、イージーシュートを撃つ時にもらえるフリースロー(つまりファールドラウンでシュートファールやチームファールをもらうこと)を稼ぐランニングプレイなどがロースコアゲームとの相性が良い。
いちばんロースコアゲームで悪手なのは、タフショット、特にディレイドでの3Pのタフショット(ブザービーターやコンテスト)はすこぶるSemi-Bersihに相性が悪いと考えられる。
にもかかわらず、NBAの見過ぎなのか選手はエゴ3Pが大好きで、
Semi-Bersihの特性も考えずにただただ自分の中の本能に従いバスケットボールを行う。
コーチたちはSemi-Bersihの特性を理解した上でチームのシステムを構築しているのだろうか?と私はとても疑問にいつも思っている。
NBAとFIBAはルールが違う。
Semi-BersihはNBAともFIBAとも違う。
NBAにはディフェンスの3秒があり、試合は12分の4Qである。
FIBAとNBAではハンドチェッキングが全く違う。
インドネシアの笛(審判)はとても荒く(日本が細かいとも言えるが)、危ないファールが頻繁に起こってしまう。(試合が盛り上がると大体ランニングプレイのブロックで1試合にひとりは転倒して怪我している)
3on3と5on5が別競技なように、時間の制約ですらもルールが変われば、バスケットボールそのものの捉え方が変わってしまうのである。
それに加え指導者はU9-U18までの育成を担わなければならないのでただ勝てばいいというわけではない使命を課せられているのである。
まだまだインドネシアでは「勝てば結果オーライ」という風潮が強い。
それほどみな勝つことに貪欲で、勝つためなら多少のダーティプレイは黙認されているのが現状であろう。
日本は教育の名の下にわざと負けることも多々あるだろう。
(負けに行くわけではないが、ダーティに勝つよりもクリーンに負けることの方が得るものが大きい時も多々あると指導者は認識しているため)
私は勝利至上主義が大嫌いなので、前回の国際大会の采配で負けてもいいと全然思っていた。
勝つことよりも選手の平等なプレイングタイムを優先した。結果的に優勝してしまったので、
バスケ仲間には皆称えられて大変困惑したものだが。。。。
かといって負けたくて試合をすることはもちろんない。
格上のチームや下馬評で勝てないチームでもアップセットを狙いにいってなんぼである。
なので私は提唱するのは
勝利途上主義である。
これは開発途上国からもじったというかインスパイアされた造語であるが、
「そのバスケットボールの発展のため、勝利への途上(プロセス)を最優先し、勝つためのプロセスに対して至上を目指す」というものである。
勝利途上主義において勝つことは最優先事項ではない。
「良いプロセスを得て勝つこと」が重要であり。
良きプロセスを得ても勝てないことは多々ある。
それでも「悪いプロセスを得てでも勝ちにいく」という思考は勝利途上主義には存在しない。
「勝つためなら人を殺して(ケガを相手に追わせて)もいいのか?」ということである。
不正(ルールを侵して)をして試合に勝つことはスポーツの本質にそぐわないし、
何よりスポーツはただの手段であり、育成に関しては教育や選手たちのQOLに貢献できないようではその価値は音を立てて崩れ去る。
ケガをしてまでバスケをする必要はない。
他人を陥れてまで勝つ必要はない。
勝利を追求して他者へのリスペクトがなくなるようであれば勝つ必要はどこにもない。
インドネシアではいまだに他者へのリスペクトが試合の場ではなかなか醸成することが難しい。
親が当たり前のようにフリースローの際に奇声を発し妨害する。
審判へ誹謗中傷や抗議を当たり前のように行い、試合後に殴られる審判もたくさんいる。
選手も当たり前のように試合中にクレームを入れる。
前回は私の選手が審判にヒートアップして選手に抗議をしたので、
私が選手を叱りにコートに入ったのでもう少しで私が審判にテクニカルを取られるところだった。
もしかしたら日本の育成の状況も似たようなことが多々あるかもしれない。
それでも、私が勝利途上主義の過程で教えたいことは
「感謝する」ということに尽きる。
バスケットボールへの感謝である。
いつかまたこの概念をしっかりと構造化したいと思うが、
感謝できるようになった選手はバスケットボール人生が終わった後でもきっとその後の人生を良きものにできると信じている。
感謝を忘れたバスケットボーラーは選手としても、人間としても大成しないと私は考えている。
感謝するためにはまずバスケットボールを通してたくさんの経験値を積み重ねて、
その都度ソリューションを自考して課題解決に取り組んで、レジリエンスを伸ばしていくのである。
「感謝できる」というアビリティがバスケットボールで身につけることができる最終到達目標だと言える。
NBAのMVP選手のスピーチがまさにそれを表現していると思う。
私は選手が「感謝できる」力を自力で獲得できるように導くことが最高の指導者だと思っている。
もちろんそれは選手の資質にもよるし、指導者の資質や選手と指導者の相性にもおそらく左右されるだろう。
しかし、遅かれ早かれそこに到達できるのであるならば(到達できない場合もある)1秒でも早くそこに連れて行けるかどうかが指導者の資質であると考える。
指導者はエゴではなく、選手を「そこ」に連れてくために自分の手法を日々アップデートさせて、最善を尽くさなければならない。
そのためには指導者は貪欲に数多くのことを学んでいかなければならない。
インドネシアから学べることはたくさんある。
私もまだ指導者として発展途上である。
もっとインドネシア語を勉強して、インドネシア文化を勉強して、
もっともっとこの国のバスケットボールの発展に貢献したいと思います。
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Dari sini Bhs
Memahami Basket Indonesia: Antara Regulasi Waktu dan "Semangat Proses"
Di Indonesia, ada aturan bola basket unik yang mungkin tidak akan Anda temukan di tempat lain. Pilihan topiknya sangat banyak, sampai saya bingung harus mulai dari mana. Namun hari ini, mari kita bahas tentang sistem "Semi-Bersih".
Karena Jepang pada dasarnya patuh pada aturan FIBA (standar internasional), kita sering menganggap bahwa aturan inilah yang berlaku di seluruh dunia. Padahal kenyataannya tidak selalu demikian. Mongolia punya aturan sendiri, begitu pula dengan Indonesia. Bahkan di Jepang pun, aturan kompetisi Mini Basket atau larangan penggunaan zone defense hingga kategori U-15 bisa dibilang merupakan regulasi orisinal buatan Jepang sendiri.
Di Indonesia, terdapat aturan unik mengenai pengelolaan waktu pertandingan (game clock), yaitu:
1. Bersih
2. Semi-Bersih
3. Kotor
Jika diartikan secara harfiah dari bahasa Indonesia yang saya pelajari, istilah-istilah ini berarti "Bersih", "Setengah Bersih", dan "Kotor". Saya sempat penasaran mengapa istilah ini yang digunakan, namun jika Anda bertanya kepada penutur asli (native speaker) pun, kemungkinan besar mereka tidak tahu asal-usulnya. (Sama seperti orang Jepang yang umumnya tidak tahu asal-mula atau etimologi dari kata-kata bahasa Jepang yang mereka gunakan sehari-hari).
Secara sederhana, penjelasannya adalah sebagai berikut:
• Bersih: Sama seperti aturan FIBA, di mana waktu pertandingan akan berhenti pada setiap peluit wasit (mati lampu/bola mati).
• Semi-Bersih: Waktu akan terus berjalan (running clock) saat terjadi pergantian pemain (substitute) dan pelanggaran (violation).
• Kotor: Waktu terus berjalan tanpa henti, termasuk saat timeout maupun free throw.
Mengapa Aturan Ini Bisa Terbentuk?
Alasan utamanya adalah sisi bisnis dan manajemen waktu, di mana penyelenggara ingin memastikan seluruh jadwal pertandingan berjalan tepat waktu sesuai rundown. Selain itu, saya memperkirakan aturan ini lahir karena keterbatasan fasilitas di Indonesia (hampir tidak ada sekolah yang memiliki lapangan indoor standar untuk laga resmi). Ditambah lagi dengan jumlah populasi yang besar, jumlah tim yang berpartisipasi sangatlah banyak. Di sisi lain, mereka tidak bisa mengamankan dua lapangan sekaligus dalam satu tempat seperti di Jepang. Alhasil, mereka harus memutar otak agar bisa menyelesaikan sebanyak mungkin pertandingan dalam sehari.
Di Jepang, hampir semua pertandingan menggunakan sistem Bersih. Namun, tergantung pada kategorinya, terkadang durasi kuarter disesuaikan (bukan 4x10 menit, melainkan 4x8 menit atau 4x6 menit), atau menggunakan sistem running clock seperti Kotor. Penyesuaian juga dilakukan pada durasi half-time atau jeda antar-pertandingan demi kelancaran acara.
Sebagai catatan, baik dalam sistem Semi-Bersih maupun Kotor, biasanya pada 2 menit terakhir di kuarter ke-4, aturan akan otomatis berubah menjadi Bersih (mengikuti standar FIBA di mana waktu benar-benar berhenti).
Sisi Lain "Semi-Bersih" di Mata Pelatih Jepang
Di satu sisi, saya kagum karena Semi-Bersih adalah solusi rasional yang lahir dari adaptasi terhadap lingkungan basket di Indonesia. Namun di sisi lain, dari sudut pandang orang Jepang, ada beberapa faktor mendasar yang menyebabkan mengapa Indonesia sulit menerapkan sistem Bersih sepenuhnya:
• Terlalu banyak foul dan violation yang membuat pertandingan terlalu sering terhenti.
• Saat terjadi violation atau foul, pertandingan tidak segera dimulai kembali secara instan (asap) seperti di Jepang.
Pertama, jumlah violation di Indonesia terlalu banyak. Ini terjadi karena masih rendahnya kemampuan teknik dasar (fundamental) pemain. Pelanggaran yang paling sering terjadi adalah traveling, double dribble, dan bola keluar (out of bounds) akibat deflection. Terutama di kategori Mini Basket atau putri, bahkan saat terjadi held ball (perebutan bola), waktu pertandingan terus berjalan.
Selain itu, jumlah foul yang tidak perlu (unnecessary foul) juga luar biasa banyak. Setiap kali hal itu terjadi, pertandingan terjeda namun waktu terus bergulir. Misalnya, pelanggaran tangan (illegal hand of use) saat bertahan, atau aksi bertahan saat fast break di mana hampir 100% pemain bertahan akan melompat untuk melakukan block. Akibatnya, yang terjadi kalau bukan foul, pasti bola keluar karena block.
Ketika pertandingan tertunda akibat bola keluar, foul, atau ada pemain yang terjatuh, di Jepang baik pemain maupun wasit akan berusaha secepat mungkin memulai kembali pertandingan. Namun di Indonesia, jarang ada pemain yang berlari untuk mengambil bola yang menggelinding jauh, dan wasit pun tidak terburu-buru untuk melanjutkan laga.
Ditambah lagi, hampir 100% pelatih di Indonesia tidak mematuhi durasi timeout dengan tepat. Meski wasit sudah meminta untuk menyudahi timeout, pertandingan biasanya akan molor sekitar 20 detik. Jika hal ini terjadi 10 kali dalam satu pertandingan, akumulasi keterlambatannya akan sangat besar. (Meskipun hanya sistem Kotor yang waktunya tidak berhenti saat timeout, pada akhirnya hal ini tetap membuat jadwal keseluruhan dalam sehari menjadi molor).
Dalam hal free throw, waktu memang akan dihentikan begitu petugas meja (table officials) menyadarinya (setelah beberapa detik). Namun, jika ada insiden seperti pemain terjatuh dan cedera akibat foul keras yang berbahaya (hampir menyentuh kategori unsportsmanlike foul), waktu akan terus berjalan kecuali jika wasit secara sadar memutuskan untuk menghentikan jam pertandingan (crock).
Dilema Antara Pengembangan Pemain dan Manajemen Kompetisi
Pada awalnya, saya mengira skor pertandingan di Indonesia yang selalu rendah disebabkan oleh buruknya akurasi tembakan para pemain. Namun ternyata, karena waktu terus berjalan, waktu bersih (net game time) yang benar-benar digunakan untuk bermain sangatlah sedikit. (Tentu saja, akurasi tembakan dan jumlah percobaan tembakan/field goal attempts mereka juga memang masih rendah).
• Sistem Bersih memiliki kelemahan: waktu selesainya pertandingan sulit diprediksi.
• Sistem Semi-Bersih memiliki kelemahan: durasi bermain aktual (playing time) para pemain sulit diprediksi.
Bisa dikatakan, Bersih adalah Players First (Mengutamakan Pemain), sedangkan Semi-Bersih adalah Game Operation First (Mengutamakan Kelancaran Kompetisi). Kendati demikian, berkat sistem Semi-Bersih, ada lebih banyak tim yang mendapatkan kesempatan untuk bertanding. Jadi, kita tidak bisa serta-merta menghakimi sistem mana yang lebih baik. Semi-Bersih mungkin adalah solusi optimal yang lahir dari pertimbangan fasilitas dan lingkungan di Indonesia.
Namun, secara pribadi, saya melihat ada banyak masalah dalam sistem Semi-Bersih yang tidak boleh diabaikan begitu saja:
• Waktu yang terus berjalan memotong durasi bermain aktual pemain, yang berarti memangkas pengalaman bertanding mereka.
• Demi menjaga kestabilan permainan, pelatih tidak bisa sering melakukan pergantian pemain (karena waktu tidak berhenti).
• Sulitnya melakukan pergantian pemain otomatis mengubah taktik permainan.
• Pertandingan mau tidak mau akan berakhir dengan skor rendah (low-scoring game), sehingga strategi tim harus diubah agar cocok dengan spesifikasi Semi-Bersih.
• Jika hanya demi mengejar kemenangan, Bersih dan Semi-Bersih sudah menjadi dua olahraga yang berbeda.
Untuk menjelaskannya secara mudah: jika kita memikirkan masa depan pemain, mengganti pemain setiap kali mereka melakukan turnover justru akan membuang-buang waktu pertandingan. Bahkan ketika tim melakukan terlalu banyak turnover, pelatih tidak bisa sering-sering melakukan rotasi.
Saat saya menjadi pelatih kepala (Head Coach) dalam pertandingan Semi-Bersih, saya selalu mengambil timeout terlebih dahulu sebelum mengganti pemain (karena saya lebih mengutamakan pembinaan daripada sekadar menang). Akibatnya, saya tidak bisa mengganti pemain di momen yang tepat secara taktis, dan ini membuat tim lebih sulit menang.
Secara paradoks, jika sebuah tim hanya ingin menang, mereka yang sedang unggul bisa memanfaatkan celah ini dengan terus-menerus melakukan pergantian pemain (secara regulasi ini sah) agar waktu terus berjalan habis, hingga lawan berada di titik di mana mereka tidak mungkin lagi membalikkan keadaan.
Jika pertandingan diprediksi akan menghasilkan skor rendah, secara taktik, pilihan terbaik adalah melepaskan tembakan dengan persentase masuk (field goal percentage) setinggi mungkin. Strategi yang diperlukan adalah transisi cepat (high tempo) untuk menciptakan fast break, menerapkan full-court press untuk mencuri poin mudah (kebetulan, pelatih di Indonesia sangat menyukai zone press), serta melakukan running play untuk memancing pelanggaran agar mendapatkan free throw atau mencapai team foul.
Langkah terburuk dalam pertandingan skor rendah adalah memaksakan tembakan sulit (tough shot), terutama tembakan 3 angka yang terburu-buru di akhir penguasaan bola (delayed 3P / contest shot). Hal ini sangat tidak cocok dengan karakter Semi-Bersih.
Namun anehnya, mungkin karena terlalu banyak menonton NBA, para pemain sangat suka memaksakan tembakan 3 angka yang egois. Tanpa memikirkan karakteristik Semi-Bersih, mereka bermain basket hanya berdasarkan insting belaka. Saya sering bertanya-tanya, apakah para pelatih di sini membangun sistem tim mereka dengan memahami karakteristik Semi-Bersih ini?
NBA dan FIBA memiliki aturan yang berbeda. Dan Semi-Bersih bukanlah NBA maupun FIBA. Di NBA ada aturan defensive 3-second violation dan durasi bermainnya adalah 4x12 menit. Aturan penahanan dengan tangan (hand checking) antara FIBA dan NBA pun sangat berbeda.
Di Indonesia, tiupan peluit wasit cenderung sangat longgar (atau mungkin regulasi di Jepang yang terlalu ketat), sehingga foul yang berbahaya sering kali terjadi. Ketika atmosfer pertandingan memanas, biasanya ada saja minimal satu pemain yang jatuh dan cedera di setiap pertandingan akibat benturan saat melakukan block dalam situasi running play.
Sama seperti basket 3x3 dan 5x5 yang dianggap sebagai olahraga yang berbeda, perubahan aturan yang disebabkan oleh batasan waktu pun akan mengubah cara kita memandang bola basket itu sendiri.
Menggagas "Semangat Proses Menuju Kemenangan" (Shori Tojo Shugi)
Selain masalah teknis, seorang pelatih memiliki tanggung jawab besar untuk membina pemain dari usia U-9 hingga U-18. Artinya, tugas pelatih bukan sekadar menang. Namun di Indonesia, pola pikir "yang penting menang, hasil akhir adalah segalanya" masih sangat kental. Mereka begitu haus akan kemenangan, hingga permainan yang agak kotor (dirty play) pun sering kali dimaklumi demi meraih kemenangan tersebut.
Di Jepang, atas nama pendidikan karakter, kami sering kali "sengaja" menerima kekalahan. Bukan berarti kami sengaja mengalah, melainkan karena pelatih sadar bahwa kalah dengan cara yang bersih (clean) memberikan pelajaran yang jauh lebih berharga daripada menang dengan cara yang kotor.
Saya pribadi sangat membenci paham "kemenangan adalah segalanya" (victory-first mentality). Pada turnamen internasional terakhir yang saya pimpin, saya sama sekali tidak masalah jika harus kalah. Saya lebih memilih memberikan waktu bermain yang adil bagi seluruh pemain daripada memaksakan kemenangan. Namun ironisnya, kami justru keluar sebagai juara. Hal ini membuat saya cukup canggung ketika rekan-rekan sesama pelatih memuji saya habis-habisan.
Meski begitu, tentu saja tidak ada pelatih yang masuk ke lapangan dengan tujuan untuk kalah. Menghadapi tim yang lebih kuat atau tim yang di atas kertas tidak mungkin kita kalahkan justru memicu adrenalin kita untuk menciptakan kejutan (upset).
Oleh karena itu, konsep yang ingin saya gaungkan adalah:
"Shori Tojo Shugi" (勝利途上主義) — Semangat Proses Menuju Kemenangan
Istilah ini merupakan kata rekaan saya yang terinspirasi dari frasa "negara berkembang" (dalam bahasa Jepang: Keizai Tojo Koku / Negara dalam proses berkembang). Maknanya adalah:
"Demi perkembangan bola basket itu sendiri, kita menempatkan proses (road map) menuju kemenangan sebagai prioritas tertinggi, dan mengusahakan proses terbaik demi mencapai kemenangan tersebut."
Dalam prinsip ini, menang bukanlah prioritas utama. Yang terpenting adalah "menang melalui proses yang benar". Ada kalanya kita tidak bisa menang meski sudah melewati proses yang baik. Namun, pola pikir "menghalalkan segala cara demi menang (meski dengan proses yang buruk)" sama sekali tidak ada dalam kamus ini.
Pertanyaannya sederhana: "Apakah demi menang kita boleh mencelakai (membuat cedera) lawan?"
Menang dengan cara curang atau melanggar esensi sportivitas tidak sejalan dengan nilai dasar olahraga. Olahraga hanyalah sebuah sarana. Dalam hal pembinaan, jika olahraga tidak bisa berkontribusi pada pendidikan karakter dan kualitas hidup (Quality of Life) para pemain, maka nilai dari olahraga itu akan runtuh seketika.
• Tidak ada gunanya bermain basket jika harus mengorbankan tubuh hingga cedera parah.
• Tidak ada gunanya menang jika harus menjatuhkan orang lain.
• Jika ambisi mengejar kemenangan membuat kita kehilangan rasa hormat (respect) terhadap sesama, maka kemenangan itu sama sekali tidak memiliki nilai.
Esensi Tertinggi: Rasa Syukur (Gratitude)
Di Indonesia, menumbuhkan rasa hormat terhadap sesama di dalam lapangan masih menjadi tantangan besar. Orang tua dengan santainya berteriak histeris untuk mengganggu pemain lawan yang sedang melakukan free throw. Tindakan intimidasi verbal atau protes keras terhadap wasit sudah dianggap lumrah, bahkan tidak sedikit wasit yang dipukul setelah pertandingan usai. Pemain pun tanpa ragu melayangkan protes di tengah jalannya laga.
Pada pertandingan lalu, salah satu pemain saya tersulut emosi dan memprotes wasit dengan agresif. Saya langsung masuk ke lapangan untuk menegur keras pemain saya sendiri, hingga saya hampir saja dijatuhi technical foul oleh wasit karena tindakan masuk lapangan tersebut.
Mungkin di Jepang pun, situasi pembinaan pemain di beberapa tempat memiliki masalah yang serupa. Namun, melaui proses Shori Tojo Shugi ini, hal mendasar yang ingin saya ajarkan kepada mereka adalah satu kata: "Bersyukur".
Rasa syukur terhadap bola basket.
Suatu hari nanti, saya ingin mengonseptualisasikan gagasan ini secara lebih terstruktur. Saya percaya bahwa pemain yang tahu cara bersyukur akan mampu menjalani kehidupan yang baik, bahkan setelah masa-masa mereka sebagai atlet basket telah usai. Sebaliknya, pebasket yang melupakan rasa syukur tidak akan pernah menjadi pemain maupun manusia yang hebat.
Untuk bisa bersyukur, seseorang harus mengumpulkan banyak pengalaman melalui bola basket, berpikir secara mandiri untuk menemukan solusi atas setiap masalah yang dihadapi, dan mengasah daya lenting (resilience) mereka.
Kemampuan untuk "bisa bersyukur" adalah capaian akhir tertinggi yang bisa didapatkan seseorang melalui bola basket. Pidato para peraih gelar MVP di NBA adalah bukti nyata yang menggambarkan hal tersebut.
Saya percaya, pelatih terbaik adalah pelatih yang mampu membimbing pemainnya agar bisa meraih kekuatan untuk "bersyukur" atas usaha mereka sendiri. Tentu saja, hal ini sangat bergantung pada karakter si pemain, kapasitas sang pelatih, serta kecocokan hubungan di antara keduanya. Namun, terlepas dari cepat atau lambatnya proses tersebut (bahkan ada yang tidak pernah mencapainya), kemampuan untuk membawa pemain ke titik tersebut secepat mungkin adalah bukti dari kualitas seorang pelatih.
Pelatih tidak boleh egois. Demi membawa pemain menuju "titik" tersebut, pelatih harus selalu memperbarui (update) metode komunikasinya setiap hari dan memberikan usaha terbaiknya. Untuk itu, seorang pelatih harus memiliki rasa haus yang besar untuk terus belajar.
Ada banyak hal yang bisa saya pelajari dari Indonesia. Saya pun masih menjadi pelatih yang berada dalam proses berkembang. Saya ingin belajar bahasa Indonesia lebih dalam lagi, memahami budayanya lebih jauh, dan berkontribusi lebih banyak bagi perkembangan bola basket di negara ini.
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