Indo Monolog 34 -Basketball Tourism-
バスケットボールツーリズム
バスケットボールツーリズムという言葉はまだないかもしれない。
この言葉をなんとか言語化したいと思ったのは、
前職でたまたま観光学について触れる機会があったから。
バスケットボールツーリズムという言葉を聞くとどんなイメージが浮かんでくるだろうか?
試合をしにどこかへ行くことや、
試合を観戦しにAwayに行くこと、
バスケットボール文化に出会うために旅をすること、
バスケットボールイベントに参加して世界中にいるバスケ仲間に再会したり、
新しい誰かにエンカウントすること
いろんなカタチのバスケットボールツーリズムがあると思う。
ミニバスの練習試合に県を跨いで遠征に行くことや、
部活の試合で合宿に田舎まで出かけたり、
国際大会に参加して世界の誰かとバスケットボールを通じて友達になったり、
バスケットボールは自分と何かをエンカウントさせる触媒になることができる。
もし人生をサーフィンで例えるのなら私が波に乗るためのサーフボードはきっとバスケットボールなんだと思う。
もし人生が「死ぬまでの暇つぶし」なんだとしたら、バスケットボールが私にとっての暇つぶしの道具なんだと思う。
もし人生が「旅をすること」なんだとしたら、私の旅のディスティネーションはバスケットボールがそこになんらかのカタチであるドコカなのかもしれない。
もし私が子どもたちにバスケットボールを教えるのなら「世界は自分が思ってるよりもっともっと広い」とバスケットボールを通してそれを伝えたい。
バスケットボールは人が幸せになるためのツールのひとつである。
(使い方を間違えれば不幸にもなるので要注意であるのはもちろんのことである)
バスケットボールがあなたを幸せにしないのであればバスケットボールなぞするべきではないし、
きっとあなたが幸せになるツールはもっと他にあるはずなので、自分に合ったものを探すべきである。
世界中でバスケットボールを見ていると、エコーチェンバーと言われるかもしれないが、
たくさんの人たちがバスケットボールと関わって幸せになっている。
それを隣で他人事のように眺めることがもしかしたら私の心の中の「バスケットボールツーリズム」かもしれない。
たくさんのその事象を眺めていると「なぜ人たちはこんなにみなたかだかバスケットボールのことでこんなにも心を動かしているんだろう?」と思うことがある。
バスケットボールツーリズムを実際しているときに、その最小公約数はなんなのだろうとふと思いついたことがあった。
「自分の日常と誰かの日常を非日常の場でクロスオーバーさせること」
自分の日常はもしかしたら普段のバスケットボールの練習かもしれない。
もしかしたら自分の持っているパーソナルアイデンティかもしれない。
もしかしたらそれは自分のナショナリティやエスニシティかもしれない。
もしかしたらそれは自分を色濃く作り出している宗教や文化、あるいはローカルコミュニティやその環境なのかもしれない。
自分の持っている「それ」をあなたの持っている「それ」と非日常の場でバスケットボール(ここでの意味は概念でありハードではない)を媒介としてクロスオーバーして、
ミックスアップさせていくRPGのような冒険が、私にとってのバスケットボールツーリズムなのである。
RPGのようなイベントが次々に起こっていく。
仲間とそのクエストを一緒に達成したり、イベントを一緒に楽しんで、人生を豊かにしている人たちを私は世界中で見てきた。
世界中の誰かのバスケットボールクエストを垣間見ながら面白がっていく人生が、
私にとってのバスケットボールツーリズムなのかもしれない。
「バスケットボールに言葉はいらない」という表現をよく現地で聞くことがあるが、
私の中でこれは少し意味合いが違う。
バスケットボールは言葉以前に人を繋ぐ触媒となりうるのである。
言葉がなくてもコミュニケーションは取れる。
スポーツはノンバーバルランゲージなので。
それよりもエンカウンターデバイスとしての機能を果たすことのほうが大きいように最近よく感じる。
バスケットボールをしていなければ絶対に会わないような人たちと私は今インドネシアで一緒にバスケットボールをしていて、一緒にジャカルタに大会に行ったりもしている。
言葉も違う。
民族も違う。
宗教も違う。
社会的地位も違う。
性別も歳も何もかも違う。
バスケットボールを公約数から取り除くと、私たちは赤の他人で何も共通することがない。
結局のところインドネシアの人たちと私を繋いでいる唯一はっきりと言える共通項はただただバスケットボールだけなのである。
バスケットボールは私にとってはパスポートのようなもので、
世界に全く興味のない私が、
限りなく日本人らしい人見知りの私が、
世界を旅することができる、
世界中の誰かと一緒に自分の人生を旅をすることができる、
いきなり誰かとエンカウンターできる、
世界一周チケットなのである。
バスケットボールが唯一今までの私の人生で、
少しだけ私の人生を豊かにすることができた、
ほんの少しだけ自分の人生が幸せになった、
(よくそれで不幸になることもなる・・・)
私にとってのオリハルコンなのである。
インドネシアの子どもたちには、
バスケットボールを通じてあなただけのオリハルコンが見つかるような、
そんなバスケットボールツーリズムを教えていきたいと思います。
バスケットボールを通じてツーリズムすることの大切さを肌で感じてほしい。
保護者の人も子どもたちと一緒にバスケットボールツーリズムすることで、
子育て生活が充実するようなクエストであってほしい。
私はバスケットボールをツーリズムして、自分をもっと成長させたいと思うし、
自分の人生を豊かにしたいとも思う。
唯一私が見つけることのできた今だに飽きることのない人生の暇つぶしの方法なので。
観光とは
自分の知らない世界に光を灯すこと。
自分の闇に光を当てること。
そしてその光を他者と分かち合って、
少しでも誰かに幸せをおすそ分けして、誰かにおすそわけしてもらうこと。
Pay it forward with casting the light to the others who I’ve never encounterd.
そろそろ飛行機が着陸しそうです。
ジャカルタをバスケットボールツーリズムしたあとに見えるメダンの景色は
きっとまた違って見えるんだろう。
さて、またメダンで引き続き頑張りたいと思います。
いつでも遊びに来てください。
私のメダンの寿命はあと16ヶ月ほどです。
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