Jindo Basketball 9 -Pass or Dribble-
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育成時にパスとドリブルはどっちのほうが大事なのかという議論が毎日のように起こる。
二元論であるこの議論に正解はない。
しかし、議論をしてパスとドリブルの特性を理解して、
子どもの未来をとともに考えることが大切だとふと今日思ったのでここに記す。
先に言っておくが、
・私はパスの方が大事だと思っている(後述する)
・世界の今のトレンドはドリブルである
・パスの方が大事だと思っているが、ドリブルも同じぐらい活用されなければならない
・もしドリブルのデメリットがパスのデメリット上回ると指導者が確信できるならそれはドリブルのほうがいいだろう
ということを前提条件で話をしていきたいと思う。
まずはドリブルのメリットとして、
・1人でどこでもできる(基本的には)クローズドスキルである。
(自主練に最適である)
・1人でボールをシュートまで持っていける(最速かつ最低人数でのオフェンス)手段である
=オフェンスクリエイトの強力な武器である
・オンボールの動き(子どもたちにとってボールと関わることがいちばん難易度として平易)である。つまり人を魅了(視線を引きつける引力が強い)させられるので、価値が魅力的に感じる。
→シュートが下手でもドリブルがうますぎる人はバスケ界において社会的地位が高い傾向があるかもしれない
ひとつ例を挙げると、
中学生の時に隣町にお世話になった先輩がいた。
彼はその時は高校生だっただろうか。
1on1してもらったことがあった。
彼はマジシャンだった。
ドリブルしているとボールが消える。
ボールがどこにあるのかわからない。
ドリブルの数を数えることすらできない。
人生であの人よりドリブル上手い人をライブで体感したことがないぐらい彼のドリブルは意味不明なものだった。
その後、私が高校生になって彼がたまにうちの練習に遊びに来てくれた時があった。
その時に
「おれは日本で誰よりもドリブルの練習をしてきた自負がある。通学の時もずっとドリブルをついていた。ドリブルで誰にも負ける気がしない」
それはハッタリでもなんでもなく、血のにじむような修練の帰結としての自信だろう。
当時の環境下で、あのレベルのハンドリングにたどり着くには、
生活のほぼ全ての時間ボール持っていないと簡単ではないだろう。
(彼は寝る時も、通学の時も、ご飯を食べるときも、基本1日の中でボールを持っていない時間のほうが短かっただろう)
もちろん彼はドリブル以外の技術もその全てが卓越していた。
結果としてどうなったかというとバスケットボーラーとしては大成せずに終わった。
ひとつは彼のフィジカルポテンシャルが恵まれていなかったこと。
そしてエゴが削れなかったこと(これはコート上ではなく、コートの外の話である)
異常なまでのそのうまさで同級生など話にならなくなった結果、
彼はエゴを捨てることができなくなってしまった。
他者をリスペクトできないまま大人になってしまったと言っても良いだろう。
ドリブルが上手くなる最大のメリットとして、
ドリブルが上手くなればドリブルするために使うメモリ消費量が少なくなった結果、
他のことにメモリを割くことができるようになり、
・シュートに余裕が生まれてシュート成功率が上がったり、
・群がってくるディフェンスが見えてくるとパスが捌けるようになったり、
つまりバスケットボールがてっとり早く「楽しくなる」手段なのである。
デメリットとして、
前述した先輩のように、ドリブルは手段でしかない。
どれだけドリブルが上手くなっても、それは得点には直接結びつかない。
どれだけドリブルが上手くなっても、1 on 5では勝てない。
つまり 1on5をして、味方の4 on 0の状態を作り出せなければドリブルの最大効果は生み出せない。
いちばんのデメリットとして、
「他者との協働が生まれない」結果として先輩のように「エゴを捨てられないままの人生」になってしまうということである。
これは私が世界のバスケットボールを見てきて、本当にいつも思う。
日本は「エゴがなくて勝てない」とよく言われるが、
私から言わせてもらうなら
フィジカルモンスターやドリブルお化けは「エゴを捨てられないまま中途半端なキャリアで終わる」ということである。
個人技が上手くなれば上手くなるほど、
「1on1を5個所で一斉に行う競技」になっていく。
1on1大会ならそれでも良いだろう。
しかし、1on1と「5on5の中の1on1」では全くその意味合いが変わる。
それは「誰のための1on1なのか?」に尽きると思う。
チームのための1on1であれば誰もがその選手に「行け!!」と願って叫ぶだろう。
しかしその1on1がチームのためではなくて「エゴのための1on1」であるのならば、
私にとってそれはバスケットボールとは呼べない。
育成の課題はおそらくここにあって
「チームのための1on1」か「エゴのための1on1」になってしまっているかどうかが、
まだIQが成長途中の選手には判断できないのである。
それを判断が難しい育成年代に対して、
「パスなんて気にしなくていいからまずはドリブルファーストで突っ込め。仲間が空いていたらパスしなさい」→ドリブル or 1on1ファースト
「まずは味方が空いているか確認しなさい。誰も空いていなかったらドリブル開始して1on1しにいきなさい」→パスファースト or 5on5ファースト
どちらかの方針に偏らせると
「惰性で突っ込むドリブルモンスター」
or
「チームに合わせて自分のアイデンティティを表現できず自己肯定感が削られるシャイキッズ」
を育成してしまうのである。
では、次にパスのメリットとデメリットを。
・ドリブルよりボールの物理的な移動スピードが速い。
・ドリブルより疲れない。
(練習したことがある人はわかると思うが、同じ距離をフルスピードでドリブルした場合とボールなしで走った場合は明らかにドリブルしながらのほうが疲れる。それほどまでに手と足を同時に違う動作をさせることでメモリ消費が多くなり、結果電力(エネルギー)消費量が多くなるのである)
バスケットボールしていてよく思うのが、
RPGだと子どもたちはHPやMP、薬草の数や、宿(街)までの距離とか等を全て計算して、
全滅(Game Over)しないようにレベルアップやボス戦に挑むが、バスケットボールではそんなこと気にせずに、HPやMP消費の激しい選択(不要なドリブルやタフショット)を行うのである。自分のメモリや体力を可視化できないからである。(可視化できるウェアラブルアプリや常に座学やリフレクション等で可視化させる練習も不可欠だと思う)
・協働作業(1人ではできない)を生む
パスを受け取る相手を考慮(Consider)しないといけない。
インドネシアでは子どもがこの感覚がないので独善的(相手への配慮がない自分よがりな)なパスを出してよくターンオーバーになってしまう。相手を慮ることのできないパスを「エゴパス」と名付けるなら、パスでのバスケットボールは選手の「エゴを捨てさせる」ことに一役
買える。最近よくバレーボールやサッカーと比較することを好んでしていると思うのが、バレーにエゴはバスケほどない。そもそも一人では何もできない競技なので「繋ぐ」ことを最重要する競技だからである。サッカーはターンオーバーがバスケより遥かに多く、ポゼッションが目まぐるしく変わる。それはバスケよりもパスの「リスク」がとても高い多い競技だからである。だからサッカーではシュートもできてパスもできる状態だった時に、どちらを選ぶかの判断基準がバスケとは大きく異なるので「バスケエゴ」と「サッカーエゴ」を同じ天秤にかけることはできない。特にサッカーはシュートを撃てば多くはその後時間(リスタートまでの時間の意味)が止まることが多いが、バスケはシュートを撃ってもほぼ時間が止まることがない(=シュートを撃った時点でディフェンスが始まっている)ので、そこもおそらくエゴの比較の際に大きく影響するのだろう。
「チームのためにエゴを捨てることができるになるトレーニング」
「他者を慮れるようになる」
「質や量と共により良い状況判断を促していく」
ここがパスとドリブルの大きな違いだと考える。
ドリブルでターンオーバーすると
「今ドリブルすべきではなかったな」とか、
「もっとたくさんのスキルセットを習得するべきだ」とか、
ベクトルは自分に向くが、
パスでターンオーバーすると
「パスする前に仲間に1回アイコンタクトすべきだったな」とか、
「仲間が間に合うように、1秒でも時間を稼ぐためのパスのタイミングの判断やスキルセットを身につけないと」と思うようになると、
ベクトルが「他者のための自分の在り方」としてその形が少し変わっていく。
私がパスの方が大切だと思っているのは
「チームの中で自分を最大限表現してほしい。それはエゴとは呼ばない。仲間へのリスペクトがない独断的な判断を私はエゴと呼ぶ」
それが前述した理由からドリブルの時に起こりやすいと考えるからである。
(もちろんエゴパスもたくさんある。他者を配慮しない強引なパスミスはパッサーにターンオーバーがついても致し方ない)
さて、パスとドリブルの説明が長くなってしまったが、
つまるところ「あなたは両方のメリットデメリットを踏まえた上でどのようなチームルールをデザインしますか?」ということになる。
特に育成年代として絡めた時にこれが本当に複雑になってきて難しい。
ドリブルとパスどっちの方が幼少期にやっておくべきか。
これはどう考えても私もドリブルだと思う。
先ほどの前述したように、あの先輩のドリブルの域には大人になってからではたどり着けない。大人になるとドリブルの練習にそれほど時間も割けないし、ゴールデンエイジにこそ、フィジカルの神経系をトレーニングしないといけないからである。
一方でパスは大人になってからでもある程度伸ばせられるような気が個人的には感じる。
大人になってからの方が明らかに状況判断の能力が伸びる(視野が広くなり、より多くの世界が見えてくるようになる)からである。
「昔に比べてドリブル上手くなったな」と思う選手と
「昔に比べてパスが上手くなったな」と思う選手。
NBAでは後者の方が多い。
(=キャリアの後半でセンター出身がキレキレのクロスオーバーをできるようにならないだろう)
育成年代では前者の方が多いのではないだろうか?
(=インディビジュアルをしっかりすることである程度のハンドリングを手に入れられることでパスへのメモリにも余裕ができる)
世界のトレンドは今はドリブル優位である。
ドリブルの価値が昔以上にどんどん上がってきている。
そこには私も十二分に同意する。
しかしここで私は問いたいのは、
これは指導者だけではなく、選手へも保護者へでもある。
「ドリブルで相手を破れないステージへ上がった時にパスの技術がないと、その選手はいつパスの技術を身につけたら良いのか?」
「ドリブルが上手くなったがゆえにエゴを捨てられなくなった子どもと、ドリブルが上手くはならなかったが仲間との中でうまく共存できるようになった子ども、自分のこどもにはどちらになってほしいか?」
「自分の子どもがドリブルで突っ込んでいけるようになる力と、自分の子どもがドリブルで突っ込む前に適切な仲間にパスができるようになること、どちらが嬉しいか?」
「誰かの子どもが無謀に突っ込んでシュートを撃ってはずすのと、突っ込む前に自分の子供を信頼してくれてパスをもらって自分の子どもがシュートを撃って外すのはどっちが嬉しいか?」
「自分の子どもがたとえば3分出場して、一度もボールをさわれないのと、シュートを撃てなくても数回ボールに触って、仲間の得点に貢献できたとしたらどちらの方が子どもの自己肯定感は育まれるか」
私はオフボールの方がかっこいいと思っているのでボールなど触らなくてもなんとも思わないが、子どもたちは違う。
「ドリブルをするということは誰かのボールの触る時間を減らすということである」
「シュートを撃つということは誰かのシュートの撃つ機会を奪うということである」
高校生の時に当時の監督が言っていた。
「試合が始まったら、まずは全員パスして全員がボールに触れ」
これはみながボールに触れてゲームに緊張なく入るための「イニシエーション」である。
もちろんそうならない状況もあるかもしれないが、それほどまでにオフェンス時に「ボールに触る」ということは、例えシュートを撃たなくても、ドリブルをしなくても大切な行為なのである。
オンボール至上主義(幼少期はそうならざる得ない)の育成期において成長機会が平等に与えられないすこぶる今後の実力格差を生む。特にミニバス界においては「勝つため」にタイムシェアの偏りや特定の選手の1on1のISO大会が始まる。
進化論のように「弱いものは淘汰されて、強いものが生き残っている」というのもまた自然の理かもしれないが、保護者はいったい子供達に何を望むのか?そして指導者も子どもたちに何を望むのか?
インドネシアでボスに言われた「バスケには人にエゴを捨てさせる力がある」という言葉が忘れられない。日本人とインドネシア人のエゴの基準はそもそも比べるまでもないぐらい違うからである。それほどまでにインドネシアではエゴが社会問題を容易に引き起こすトリガーだとみな共通認識があるからである。
まとめると私の持論は「パスファースト」であることは変わらない。
しかし、適切な状況判断のもと、それが「チームのための1on1」「チームのためのドリブル」であるのならば迷わずにドリブルファーストなのである。
つまり、適切な状況判断を行うために「パスファースト」というコンセプトがあって、
パスよりもベターディシジョンメイキングになりうるドリブルは決してためらうな、ということになる。
インドネシアはプロレベルでも適切な判断とは思えない1on1がたくさんある。
これは昔々のモンゴルでも同じである。
それは昔の私の先輩のように「然るべきエゴを捨てられなかったけど、フィジカルポテンシャルのおかげでかろうじてまだプレイできているだけの副産物」である。
私がもしも育成コーチであるとしたら、
エゴを捨てられずに、バスケットボールの呪いにかかってずっと中途半端に生きていくより、
(プロまで上がれば頭打ちでそのうち幽霊として誰にも知られずにリタイアだろう)
エゴを捨てられるようになって、バスケットボールにとらわれず、バスケットボール人生が終わったとしても他者を愛せるようになって、次のステージで成功してほしいと思う。
思い返せば私も昔は勝利至上主義の呪いにかかっていたこともあっただろう。
でも、最近は思う。
どんなコーチが自分の中で1番かっこいいだろうと。
間違いなく答えは1つである。
「Pace Maker」である。
強化と育成をピースメイクできること。
指導者と保護者をピースメイクできること。
指導者と審判をピースメイクできること。
選手と指導者をピースメイクできること。
世界の選手と選手をピースメイクできること。
指導者(強化)と指導者(育成)をピースメイクできること。
選手の過去と選手の現在をピースメイクできること。
選手の現在と選手の未来をピースメイクできること。
「審判がへたくそなのは審判のせい」
「モンスターパーレンツにつける薬はない」
それもきっと1つの事実ではあるかもしれないが、
それらをピースメイクできるコーチがどんなに勝たせられるコーチよりもかっこいいと思う。
ミニバスや育成のコーチというのは詰まるところピースメイカーで、
プロよりも多くのピースメイクを求められる。
プロは基本的に勝利至上主義なので勝つことに全責任を求められるが、
育成よりは(ピースメイキング)はそこまで求められないだろう。
(もちろん人が思っているよりもたくさんのピースメイキングはそこにあるが、表に出てくることは決してないと、私は実感として言える)
結論として、私にとっての育成とは
Coach who can make players peaceful ということになる。
パスとドリブルがどっちが大事かなんていうものは結論は出ない。
複合的要素が絡まって、最終的にはDepends on youということになるからである。
最後にこれを読んでくれたあなたに問うて終わりたいと思う。
ドリブルとパス、どちらが選手にピースメイカーとしての資質を与えられるか?
Which one (dribble or pass) can make players better for becoming "Peace Maker" ?
あなたがそれを選手や保護者に納得できるように説明できるのであれば、
それがきっと正解であり、子どもたちをピースメイカーへと誘うのだと思います。
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Dari sini bhs
Mana yang Lebih Penting dalam Pembinaan: Passing atau Dribbling?
Dalam dunia pembinaan basket, debat mengenai mana yang lebih penting antara passing (operan) dan dribbling (menggiring bola) seolah tidak ada habisnya. Ini adalah perdebatan dualisme yang tidak memiliki jawaban mutlak "benar" atau "salah".
Namun, hari ini saya terpikir bahwa yang terpenting bukanlah memenangkan debat tersebut, melainkan memahami karakteristik keduanya demi masa depan anak-anak didik kita. Oleh karena itu, saya ingin menuangkan pemikiran saya di sini.
Sebagai premis awal, posisi saya adalah sebagai berikut:
Secara pribadi, saya menganggap passing lebih penting (alasannya akan dijelaskan di bawah).
Tren dunia saat ini lebih condong ke arah dribbling.
Meskipun saya mengutamakan passing, kemampuan dribbling harus dimanfaatkan dengan porsi yang setara.
Jika seorang pelatih sangat yakin bahwa kerugian dari dribbling lebih kecil daripada kerugian dari passing, maka memprioritaskan dribbling tentu sah-sah saja.
Keuntungan Dribbling
Keterampilan Tertutup (Closed Skill): Bisa dilakukan sendirian di mana saja. Ini adalah keterampilan paling ideal untuk latihan mandiri.
Senjata Utama untuk Menciptakan Peluang (Offense Create): Cara tercepat bagi satu orang untuk membawa bola hingga mencetak angka dengan jumlah pemain minimal.
Gerakan On-ball yang Menarik: Bagi anak-anak, berinteraksi langsung dengan bola adalah hal yang paling mudah dipahami dan memiliki "daya tarik" yang kuat untuk memikat perhatian orang lain.
Bahkan jika kemampuan menembak (shooting) buruk, seseorang dengan kemampuan dribbling yang luar biasa cenderung memiliki "status sosial" yang tinggi di dunia basket.
Sebuah Kisah tentang "Penyihir Dribble"
Saat saya SMP, ada seorang senior dari kota tetangga yang sangat saya hormati. Ketika kami bermain one-on-one, dia seperti seorang pesulap. Saat dia men-dribble, bola seolah menghilang. Saya bahkan tidak bisa menghitung berapa kali bola memantul. Seumur hidup, saya belum pernah melihat orang yang lebih jago dribble darinya secara langsung.
Suatu saat ketika saya sudah SMA, dia datang berkunjung ke latihan kami dan berkata:
"Aku punya kebanggaan bahwa aku berlatih dribble lebih keras dari siapa pun di Jepang. Bahkan saat berangkat sekolah, aku selalu men-dribble bola. Aku merasa tidak akan kalah dari siapa pun dalam hal ini."
Itu bukan sekadar bualan, melainkan kepercayaan diri hasil dari latihan yang berdarah-darah. Dia menghabiskan hampir seluruh waktunya dengan bola—saat makan, berjalan, bahkan mungkin saat tidur.
Namun, bagaimana hasilnya? Sebagai pemain basket, kariernya tidak berakhir dengan sukses besar. Alasannya ada dua: potensi fisiknya yang terbatas, dan egonya yang tidak bisa terkikis (ini bukan hanya soal di lapangan, tapi juga di luar lapangan). Karena kemampuan individunya yang terlalu jauh di atas rata-rata teman sebayanya, dia menjadi tidak bisa membuang egonya dan tumbuh dewasa tanpa rasa hormat terhadap orang lain.
Sisi Terang dan Gelap Dribbling
Manfaat Terbesar:
Semakin mahir seseorang dalam dribbling, semakin sedikit "kapasitas memori" otak yang terpakai untuk mengontrol bola. Sisa kapasitas memori tersebut bisa dialokasikan untuk hal lain, seperti:
Ketenangan saat shooting sehingga akurasi meningkat.
Kemampuan melihat pergerakan lawan yang datang mengerubungi, sehingga bisa melepaskan operan.
Intinya, dribbling adalah cara tercepat untuk membuat basket terasa "menyenangkan".
Kekurangan Terbesar:
Seperti kisah senior tadi, dribbling hanyalah sebuah alat. Sehebat apa pun dribble Anda, itu tidak langsung menghasilkan poin. Anda tidak bisa menang dalam situasi 1 lawan 5. Efek maksimal dari dribbling hanya tercipta jika Anda bisa menarik lawan dan menciptakan situasi 4 lawan 0 untuk rekan setim.
Kekurangan yang paling fatal adalah: "Tidak lahirnya kolaborasi dengan orang lain." Hal ini bisa menyebabkan pemain tumbuh dengan ego yang besar dan tidak pernah belajar cara membuangnya.
Sering dikatakan bahwa tim Jepang sulit menang karena "kurang ego", tapi menurut pengamatan saya terhadap basket dunia, banyak "monster fisik" atau "raja dribble" yang kariernya berakhir prematur karena tidak mampu membuang ego mereka. Semakin jago kemampuan individu, permainan cenderung menjadi "lima pertandingan 1-on-1 yang terjadi bersamaan."
Pertanyaannya adalah: "Untuk siapa 1-on-1 itu dilakukan?"
Jika itu dilakukan untuk tim, semua orang akan berteriak mendukung pemain tersebut. Tapi jika itu dilakukan hanya untuk kepuasan ego, bagi saya itu bukan lagi permainan bola basket.
Dilema dalam Pembinaan
Pemain muda yang IQ basketnya masih berkembang sering kali belum bisa membedakan antara "1-on-1 untuk tim" atau "1-on-1 demi ego". Jika pelatih terlalu condong ke satu sisi, risikonya adalah:
Dribble Monster: Yang menyeruduk lawan hanya berdasarkan inersia/keinginan sendiri.
Shy Kids: Anak-anak pemalu yang kehilangan kepercayaan diri dan identitas karena terlalu dipaksa mengikuti ritme tim.
Keuntungan dan Kekurangan Passing
Kecepatan: Perpindahan fisik bola melalui operan jauh lebih cepat daripada dribble.
Hemat Energi: Men-dribble dengan kecepatan penuh jauh lebih melelahkan daripada berlari tanpa bola. Di basket, anak-anak sering melakukan pilihan yang menghabiskan "HP dan MP" (stamina dan energi) secara sia-sia (seperti dribble yang tidak perlu atau tough shot) karena mereka tidak bisa memvisualisasikan sisa energi mereka.
Menciptakan Kolaborasi: Passing tidak bisa dilakukan sendirian. Anda harus mempertimbangkan (consider) rekan yang akan menerima bola.
Di Indonesia, saya sering melihat anak-anak melakukan operan yang egois (tidak mempertimbangkan posisi teman) sehingga berujung turnover. Jika operan tanpa kepedulian ini kita sebut "Ego Pass", maka latihan passing sebenarnya adalah sarana efektif untuk "membuang ego" pemain.
Dalam voli, ego tidak sebesar di basket karena voli adalah olahraga yang mustahil dilakukan sendiri—prinsip utamanya adalah "menghubungkan". Di sepak bola, risiko passing jauh lebih tinggi daripada basket, sehingga standar pengambilan keputusan antara menendang atau mengoper sangat berbeda. Di basket, setelah shooting, waktu terus berjalan (transisi ke defense dimulai seketika), dan hal ini sangat dipengaruhi oleh faktor ego.
Perubahan Orientasi (Vektor)
Perbedaan besar antara passing dan dribbling terletak pada pengambilan keputusan dan kepedulian terhadap orang lain.
Jika terjadi turnover saat dribbling, evaluasinya cenderung ke dalam diri sendiri: "Aku seharusnya tidak dribble tadi" atau "Aku butuh skill lebih". Vektornya adalah Diri Sendiri.
Jika terjadi turnover saat passing, evaluasinya melibatkan orang lain: "Aku seharusnya melakukan kontak mata dulu" atau "Aku harus mengatur tempo agar temanku sempat bersiap". Vektornya berubah menjadi "Bagaimana keberadaan saya berguna bagi orang lain."
Saya mengutamakan passing karena saya ingin pemain mengekspresikan diri semaksimal mungkin di dalam tim. Itu bukan ego. Ego adalah pengambilan keputusan sepihak tanpa rasa hormat pada rekan setim.
Mana yang Harus Dipelajari Duluan?
Jika ditanya mana yang harus dilakukan di usia dini, jawaban saya adalah Dribbling. Mengapa?
Karena level handling seperti senior saya tadi hampir mustahil dicapai jika baru dimulai saat dewasa. Usia dini (Golden Age) adalah waktu krusial untuk melatih sistem saraf dan fisik. Sementara itu, kemampuan passing dan pengambilan keputusan (decision making) masih bisa dikembangkan dengan signifikan saat dewasa seiring dengan luasnya sudut pandang seseorang.
Di NBA, banyak pemain yang semakin tua semakin mahir mengoper, tapi jarang ada pemain (terutama center) yang tiba-tiba bisa melakukan crossover maut di usia senja. Jadi, mengasah kemampuan individu di masa muda memberikan "kapasitas memori" yang cukup untuk belajar mengoper nantinya.
Pertanyaan untuk Kita Semua
Meskipun tren dunia memuja dribbling, saya ingin bertanya kepada para pelatih, pemain, dan orang tua:
Jika seorang pemain tidak punya teknik passing, apa yang akan dia lakukan saat mencapai level di mana dribbling-nya tidak lagi bisa menembus lawan?
Antara anak yang jago dribble tapi tidak bisa membuang ego, dengan anak yang tidak terlalu jago dribble tapi bisa hidup harmonis dengan sesama, Anda ingin anak Anda menjadi yang mana?
Mana yang lebih membuat Anda bahagia: melihat anak Anda menerjang lawan sendirian, atau melihat anak Anda percaya pada temannya dan memberikan operan tepat sebelum dia dihadang?
Jika anak Anda bermain 3 menit, mana yang lebih membangun harga dirinya (self-esteem): tidak menyentuh bola sama sekali, atau menyentuh bola beberapa kali dan berkontribusi pada poin temannya meskipun dia sendiri tidak menembak?
"Men-dribble berarti mengurangi waktu orang lain memegang bola. Menembak berarti mengambil kesempatan orang lain untuk menembak."
Pelatih saya saat SMA selalu berkata: "Saat pertandingan dimulai, pastikan semua orang menyentuh bola melalui operan." Ini adalah sebuah "inisiasi" agar semua pemain merasa terlibat dan tidak tegang.
Kesimpulan: Menjadi Peace Maker
Di Indonesia, atasan saya pernah berkata: "Bola basket punya kekuatan untuk membuat orang membuang egonya." Standar ego di Jepang dan Indonesia sangat berbeda. Di Indonesia, ada kesadaran kolektif bahwa ego bisa menjadi pemicu masalah sosial dengan sangat mudah.
Pandangan pribadi saya tetap "Passing First". Namun, jika dalam situasi yang tepat dribbling adalah keputusan terbaik untuk tim, maka jangan ragu untuk melakukannya. "Passing First" adalah konsep untuk melatih pengambilan keputusan yang tepat.
Jika saya menjadi pelatih pembinaan, saya lebih ingin pemain saya sukses di tahap kehidupan selanjutnya sebagai manusia yang bisa mencintai orang lain, daripada menjadi pemain yang "terkutuk" oleh ego dan berakhir sebagai "hantu" di dunia profesional yang terlupakan.
Dulu mungkin saya terobsesi dengan kemenangan. Tapi sekarang, saya sadar pelatih yang paling hebat adalah seorang "Peace Maker" (Pembawa Damai).
Mampu mendamaikan antara prestasi (penguatan) dan pembinaan.
Mendamaikan hubungan pelatih dengan orang tua, wasit, dan pemain.
Mendamaikan masa lalu, masa kini, dan masa depan pemain.
Menjadi pelatih di tingkat dasar/anak-anak justru menuntut kemampuan peace making yang lebih besar daripada di tingkat profesional. Kesimpulan saya, pembinaan adalah: "Pelatih yang bisa membuat pemainnya merasa damai" (Coach who can make players peaceful).
Mana yang lebih penting, passing atau dribbling? Tidak ada jawaban pasti. Semua tergantung pada Anda. Namun saya ingin menutup dengan pertanyaan ini:
Mana yang lebih bisa membentuk karakter pemain sebagai seorang "Peace Maker": Dribbling atau Passing?
Jika Anda bisa menjelaskan jawaban Anda dengan meyakinkan kepada pemain dan orang tua, maka itulah "jawaban yang benar" bagi Anda. Itulah yang akan membimbing anak-anak menjadi seorang Peace Maker.
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