Jindo Baskteball 8 -現地のニーズとのギャップ-
子どもたちにバスケットボールを教えるときの話。
最近の個人的な悩みである。
こどもたちは 5 on 5(試合形式)の練習を好む。
しかしながら、わたし(コーチ一般的)はその練習を好まない。
なぜなら試合に最も近い形は、最も難しい練習であり、選手にはあまり際立った学びがないように思えるからだ。
私が高校生の時もほとんど5on5(制約なし)のスクリメージのような練習は、
毎日の練習の中にはほぼなかった。
私が指導者になってもそのような練習をすることがなかった。
私の中である種「学習効果が最も低いもの」として位置づいているからである。
モンゴルにいた時のとある先輩の話。
「おれも5on5の練習はしたくないが、子どもたちはどうしても練習に入れろという。なのでいつもベーシックな練習を1時間してから、最後は必ずスクリメージを入れている。ただし、あくまで前半の練習をしっかりとしたクオリティで彼らがちゃんと取り組むことを約束させた上でのスクリメージである」
ということで上記はスクリメージをいわゆる「ご褒美」という形で子どもたちに提示して提供している。練習をちゃんと取り組ませるためのニンジンとして5on5の練習を位置付けているのである。
当時はこの先輩に対して「自分の指導力のなさを棚に上げて、指導を放棄しているな」と思っていた。それほどまでにスクリメージというのは最も実践的でありながらも、最も何か特定の学びが選手に身につきづらい情報過多すぎる練習になってしまうからである。
それから10年ぐらいたってから京都のとある大学の授業でバスケットボールを持つことになった。バスケットボールが初心者の大学生に90分の授業を15回ほど行うものである。
私は途中まで、どのように練習を組み込んで少しでもバスケットボールを好きになってもらえるだろうかと考えていたが、途中で色々と気づいて修正することにした。
・彼らはそもそもバスケットボールへのモチベーションがない
(必修体育として嫌々来ている学生も多い)
・バスケットボールを全くしたことがないので90分を15回したところで到底バスケットボールと呼べるものにはならない(私が求めているものが高すぎることがそもそも良くない)。
どんな授業を行いたいかというアンケートを取っても
「休講がいちばん」と言うようなモチベーションである。
大学の授業は専門性を上げればあげるほど学生が離れていくことがよくある。
試合形式にして専門性よりもエキサイトメント性を上げると学生の満足度が上がる。
自分にとって不本意な授業をすればするほど、学生の反応がよくなることはあるあるである。
自分のプライドをへし折ったことで、学生の満足度はすこぶる高かったように思う。
学生たちが望んでいたことは、バスケットボールの専門性を学ぶことでもなんでもなく、
ただただバスケットボールを楽しむことだったのである。
なのでひたすら試合形式の授業を行なって、試合を行いながら都度リフレクションや目標を設定して改善していくといった授業スタイルにしたのである。特定の練習をして意図的にスキルを学ぶのではなく、あくまで実践の中で彼らが自ら振り返り学んで自分の学びたいものを学ぶスタイルに変えたのである。
また少し時は戻るが、自分が学生の時の話である。
私のクラスメートがバスケットボールの授業を取っていたが途中でその授業をやめることにした。先生の授業方針とうまく合わなかったのである。
学生「おれはただただ試合がしたかったのに、先生は指導案を作って模擬授業をしろと言ってくる。やってられるか」
先生はその年に新しく入ってきた先生で私たちが教育学部であるので、
将来指導者になることを見据えて自分たちが授業をできる力を身につけてほしいとのことからの授業構成だったのだろう。
先生の言い分はもっともであるし、学生はあくまで授業を心身のリラックスや日々の息抜きとしてのバスケットボールを望んでいたことも知っていたので、私はまぁこじれてしまったなと他人事のように感じていた。
どちらが悪いと言うものでもなく、学生の望んでいたものと、先生の与えたかったもののニーズが見事にミスマッチしていたケースだと言える。
さて、やっと話は本題のインドネシアたちの子どもたちのバスケットボールの話に戻ってくるのだが。
日本も同じ現状に陥っていると思うが、インドネシアの子どもたちは
・ボールを持っている時のアビリティ(主にドリブルとシュート)はすこぶる高い。
・基礎が全くなっていないのに、試合になるといきなりそのアビリティが上がる
・ボールを持っていない時のアビリティはとてつもなく低い(特にディフェンス)
・基礎練習はサボって怠けて、顕著にモチベーションのなさがよくわかる
・ 1 on 1のオフェンスのみのアビリティしかないので、2 on 1以上の対人の状況判断が著しく低い。
結果どうなるかというと、コーチは5 on 5を多用しないといけなくなり基礎が何も身につかないまま大人になってしまう。
ここで浮かび上がってくる問いは
「基礎はどこで学ぶのが正解なのだろうか?」と言うことである。
子どもは基礎練習よりもただただ試合形式を好む。
どれだけ軍隊のように基礎練習をするよりも
「今からスクリメージするよ」と言った時に子どもたちの目が輝く。
どんな練習よりも試合形式でゲームをする方がほとんどの子どもたちのモチベーションが上がるのである。どれだけ優れたコーチがいても、ニンジンを持っているコーチの方が遥かに子どもたちをモチベートできるのである。
それゆえに子どもたちは基礎を身につけないまま大人まで上がり、
偏った技術のままで、国際的に通じないままで何もバスケットボールが発展しないのである。
子どもの頃から基礎ばかり教えていると間違いなく子どもたちはバスケットボールが嫌いになるだろう。特にインドネシア人の子どもたちは辛抱強く限界に自分自身で挑戦するような教育は受けていないので、ペナルティありの練習はすこぶる相性が悪い。
幼少期はバスケットボールを楽しむことが大切なので
オフェンス 8
ディフェンス 2
と言ったクラシックなバスケットボールチームもきっと今でも主流だし、
ゴールデンエイジを配慮して
「1本でも多くシュートを撃つこと」
「いろいろなドリブルを身につけさせて身体の発達にフォーカスする」
「内臓の機能を発達させるべく持久系のトレーニングを多めにする」
と言った指導もある。
結果として一番最後に後回しにされるのが
基礎的な技術やセオリー
IQに関する技能(状況判断や協働作業)
高度なチームフォーメーションetc
になってくる。
ここでまた私の中でもうひとつ問いが生まれてくる
「IQは幼少期から育てていくべきなのか、大人になってからでもいいのか?」というものである。
私はIQベースのバスケットボールで育ってきたので、能力任せのバスケットボールには大変抵抗がある。しかしながら、世界のバスケットボールのトレンドは間違いなく後者であり、正義は「上手い」ではなく「強い」が優先される。
よく言われることは「IQバスケットボール」は子どもには難しすぎるので、型にはめてあげるほうが良い。というものである。これも確かにもっともな意見であり、その方がバスケットボールとしてはうまくいく場合が多い。
その結果どうなるかというとインドネシアの子どもたち(主語は私が見ている範囲)は何の状況判断もできないまま突っ込んでいく、いったような選手たちが量産されていくのである。
試合形式の練習はオーバーインフォメーションであり、
子どもたちが状況判断するには本当に難しい状況設定である。
なのでコーチたちは、しっかりと適切な状況判断ができるように練習を分解(分解練習)して特定の状況判断を明確に促せるような練習を行なっていく。
分解練習の是非はもちろんあるが、子どもたちが状況を理解して判断できるように情報を減らす(最適化)ことがコーチに求められている。
練習で日々積み重ねた状況判断でしか、試合中にも同じ判断はできないので。
(試合形式にすると同じような状況を設定できないので、判断に再現性がなくなってしまう)
どうすれば「IQ」と「基礎」と「モチベーション」を同時に担保できるような練習を組むことができるか。いまだにインドネシアでの課題である。
本来試合形式の練習はいちばん身体強度の高いはずなのに子どもたちは「楽しさ」が勝って、
しんどくても望んでこの練習を好むのである。ニンジンが明確に彼らの中で見えている練習であるからである。
ともすれば、コーチの役割はどれほど子どもたちに
「しんどい練習や基礎のつまらない練習、IQの難しい練習に試合と同じぐらいのニンジンをぶら下げることができるか」といったことに他ならない。
私はこの手の練習を設計することが大変苦手である。
ニンジンをぶら下げて練習すると、ニンジンがない時には何もできない人間に育ってしまうからである。
特にインドネシア人は「Chance is Money」と格言があるように、
何でもビジネスにしてしまう傾向があるので、ニンジン教育をすると、
「Carrot is Money」の人間を育ててしまうことになる。
利害や個人の損得勘定なしでチームのために無償で自己犠牲できる選手を育てたい場合、
ニンジン教育ではすぐに限界が来るだろう。
昨今の「インディビジュアルオフェンス特化のスキルコーチの急増」やNBAでの個人戦術への比重が増えてきた現代バスケにおいて 「1on1オフェンス」というニンジンはとても強力でなかなかこの流れにあがらう事が難しくなってきた。
ビジネスのためにビジネスマンがいちばん売れ筋のニンジンを売るのはごくごく自然の理であるので、親御さんたちはもちろん「いちばん売れているニンジン」を子どもに食べさせたくなるのである。
ともすれば私の売ってるニンジンはいちばんインドネシアで売れないニンジンかもしれない。IQなどいちばん即効性がなければ得点にも簡単に絡むようなものではないからである。
どうすればIQというニンジンをインドネシアでも売れるか今一度考えないといけない。
ひとつインドネシアに来て勉強になる事があった。
5 on5 のなかで都度休憩を踏まえながら、コーチが止めて説明していく練習方法である。
日本ではあまりスクリメージにしょっちゅうしょちゅう止めたりしないので、
(それこそ実戦から遠ざかっていくので)
もし子どもたちが都度集中して聴く事ができるのであればゲームライクと子どもたちのモチベーションを維持できる練習方法かもしれないと思った。
スクリメージの練習は多くのプロス/コンがある。
なのでスクリメージが良いとも悪いともいうことはできず、
大事なのはそのスクリメージの制度設計に尽きる。
どれほどまでに子どもたちの身体発達とIQの成長を設計できるのか。
闇雲なスクリメージはただケガを増やすだけである。
「制約とニンジン」この設定がコーチの力量が問われるものである。
長くダラダラと過去のケーススタディを引っ張ってきたが、
最終的には自分が何者になるのかという事が大切である。
Motivator(子どもたちを楽しませる)
Teacher or Educator (人間開発に重きを置く)
Instructor (競技そのものを深化させる)
Coach (子どもたちが行きたい場所に連れていく)
Head Coach(ひたすら勝ち負けにこだわる)
その他ほかにもニュアンスの違ったいろんな形の育成があるだろう。
指導者のスタンスやグラデーションは指導者によりけりではあるが、
育成世代のコーチは子どもたちの未来まで背負わないといけないので
この辺りの自分の指導フィロソフィーの設計が大変重要になってくるように思えた。
どれだけ高尚なフィロソフィーを持っていても現場のニーズを無視するとミスマッチが起こる。
どれだけ持続可能な未来を見据えていても、現場ニーズは大抵未来ではなく「いま」なことが多い。即効性を求める途上国ではなおのことその傾向は著しい。
時には迎合しないといけない時もあり、
時には妥協しないといけない時もある。
大体が日本人が与えたいものは途上国の人が欲しいものではない時が多いので。
手を引っ張っていける人になるのか、
背中を押せる人になるのか、
二人三脚になっていける人になるのか、
今一度自分のマインドセットをデザインしなおしたいと思います。
そのためにはやはり1にも2にもまずは語学です。
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