Jindo Basketball 8 -DBL-
今週はDBL Medanが行われた。
先に述べておくが、バスケットボールのレベルは大変低い。
(それが私がここにきた意味でもあるのだが)
書くとキリがないので、バスケットボールの話はまたどこかの機会で書きたいと思う。
ただ、それでもこれは日本にはない文化なので、
バスケットボールの競技とは直接関係ないところで私が大変興味深く思ったところを備忘録として残しておきたいと思う。
DBLはホンダがトップスポンサーで各州でその州の1番の学校を決める大会である。
バスケがメインの大会ではあるが、ダンス部門やサポーター(学校ぐるみの応援合戦)部門もある。(いずれまた近いうちに動画を編集してあげたい)
日本でいうところのバスケット版の甲子園とダンス版の甲子園が混ざったようなイメージが
いちばん近いところだろうか。(学校対抗の文化祭のような雰囲気でもある)
朝日新聞なのか、Hondaなのかその違いはあれど、
(主に)高校生がそのアイデンティティを捧げる大会である。
私がPOPNAS(全国総体のようなもの)で一緒に戦った選手たちがたくさんいたので
彼らの学生としての「生き様」を観戦しにいった。
会場は暑い。そして熱い。
メダンあるあるなのがACのついている体育館に私はいまだに出会ったことがない。
1000人入るかぐらいの小さな体育館にオーバーキャパシティの人が集まり、
お祭りのような、プロさながらの音楽や照明、そして太鼓を使ったエンタメの応援が始まる。ブーイングの量やそのやり方もNCAAにそっくりな、March MadnessならぬMedanのFeb Madnessである。
天井にはドローンが飛んでいた。なかなか試合中にドローンを上に飛ばす大会も日本ではあまりないだろう。お祭りゆえのエンタメを感じた。
イベントマネジメントの話をじっくりしたいが、それはまた来年のDBLで。
ドローンがたくさん飛んでるなと思ったら、実はただの鳥がたくさん飛んでいたりもする。
途上国の体育館は動物園のように犬や鳥や猫が乱入するのはあるあるである。
DBLは本当にビジネスとエンタメと高校生たちの青春が見事に成立している。
(もちろんビジネスに子どもたちの青春を搾取していいのかという議論もきっとあるが、
それもまた違うところで書ければと思う)
たくさん日本の大会との違いを感じた。
いいことも悪いこともたくさんある。
その中で感じたことは、
「大人がこどもたちに、大人さながらの機会を与えている」ということである。
Z世代との向き合い方が本当に難しいと昭和の私は常々思っているが、
DBLは子どもたちが「本気で感情を表現(爆発)させる機会」を与えているように思う。
自己肯定するために、
自己表現するために、
自己規律するために、
自己を承認するために、
他者を承認するために、
他者を肯定するために、
他者をリスペクトするために、
他者を感謝するために。
メダンのDBLにはいつも決勝は同じチームが勝ち上がり、
いつも因縁の決勝戦となる。いわゆるダービー戦である。
私はどちらのチームの選手ともコーチや親たちとも友達なので、
特にどちらかの是非は議論しない。
ダービー戦は時として争いを生むが、
時として他者の存在を認めて
お互いを高めあう仲間(Mix Up)として存在する。
最近こう考えるようになった。
バスケットボールは相手(敵チーム)を介してどのように自分たちを表現できるかという場所である。
相手より1点でも多く取るスポーツである一方で、
「相手との対話」である。
相手との関わり合いの中でどれだけ自己表現できるか。
彼らは敵ではなく、自己表現を高めあってくれるライバルである。
スポーツの次元を「競争」ではなく「共創」までフェーズアップすることが、
ジュニアの育成では求められる。
審判に文句を言っているうちは共創など出来はしない。
相手の命(選手生命)を奪いかねないファールをしているようでは共創など程遠い。
バスケットボールは誰かと戦っているかというと間違いなくそれは「自分たち」とだろう。
相手チームと戦っている限りそれは競争のフェーズからは抜け出せない。
昔私が女子高校生を教えていた時に、
相手チームに大差をつけて勝ったが、その後のミーティングでこき下ろしたことがあった。
相手チームと戦って、本来の「あるべき自分たちと戦うこと」ができなかったのである。
自分たちが「理想の自分たち」と戦って、相手チームがそのパフォーマンスを引っ張り出してくれる。
自分たちがあるべきはずのパフォーマンスを出せないのなら、それは練習が足りないし、
相手チームの自己表現に呼応できなかったのである。
試合が終わってから、負けたチームの選手がずっと泣いていた。
彼は私が一緒に戦った選手の1人である。
彼の今回の試合のパフォーマンスは私が知っている彼よりも良いものではなかった。
「もっとできたはずだ」という感情が涙を溢れさせているのだろう。
泣いている彼を母親やOBの保護者のおっさんが彼を抱きしめてあげていたのはとても印象深い。おっさんは学校の歌を大声で歌い始めたので彼はさらに涙を止めることができなくなってしまった。「絶対的な他者による自己承認」はきっと彼が共創のフェーズへ辿り着くためのマストの階段であろう。
自己表現は簡単ではない。
相手が簡単に自己表現を阻んでくるし、
プロのとなんら変わらない晴れ舞台でその重圧や緊張、背負うものも生まれるからである。
バスケットボールができることは
勝ったり、負けたり
思い通りにいかないプロセスの中でいかに自己表現する術を学んでいくかといった、
「どんな自分になりたいのか?」機会提供してくれる場である。
優勝したチームのキャプテンは私の選手の一人でもある。
彼と大会が始まる前にご飯を一緒に食べた。
「コーチ正直私は去年の負けたトラウマがあるので、まだ自信がありません」と言っていた。
所詮は高校生なのである。
しかし、当日の彼は見事に優勝の立役者となった。
彼のキャプテンシーはスタッツには反映されないが、
間違いなくチームをコントロールしていた。
最後は、チームが勝つためにさっさとファールアウトして退場した。
(個人的には高校生のくせに生意気だと笑ってしまったが・・・)
彼は去年の敗戦からしっかりと学んだのである。自分が果たすべき役割を。
私は教育者になることはできないが、
きっと教育の醍醐味はここにあるのだと思う。
バスケットボールは正直言ってお世辞にも上手いとは言えない。
まだ日本からは遥か遠い。
それでも彼らは日本の高校生たちよりも遥かに、
自己表現する場所や機会(ハレという意味で)、
自己成長できるチャンスを与えられているように思う。
それはやはり大人が用意しないといけないと感じた。
「バスケットボールが自分を映す鏡となる」
コートの外の全てが、コート上の表現力の糧となる。
私がしたいのはやはりコートの外なんだろうと思うようになった。
コートの上のコーチは腐るほどいる。
大切なのはコートの外や、ボールを持っていない時間に尽きるのだろう。
話はDBLに戻るが、
私の選手の1人が大会MVPとなった。
彼は大変人格ができている選手で、親の教育の賜物だと感じた。
その親とたまたまやりとりしていたので
「MVPおめでとう」とメッセージを送った。
彼はこうリプライしてきた。
「すべての選手がMVPだよ。ありがとう」と。
努力して勝利した最終到達点は必ず「感謝」に変わる。
どんな道を通っても最後は感謝に行きつかないといけない。
もし、感謝にたどり着けなかった選手はきっとバスケットボールを終えた後のセカンドライフに苦労するだろう。
私がバスケットボールを教えていて目標にしていることは、
どれだけASAPで選手を「感謝」の領域まで導けるかといった勝負である。
口だけや一過性の感謝ではなくて、人生の指針としての感謝の羅針盤を
私が渡すのではなくて、自分がその手で創り出して握りしめることができるようになること。
一生かかっても無理な選手はきっと無理だし、早い選手は学生のうちに身に付けることができるだろう。
すべての選手を導くことはできない。
指導者の影響力よりも本人の資質に帰することのほうが多いだろう。
それでも私はその触媒になれるような存在を目指したい。
「今の自分を乗り越える」力を渡してあげたい。
この不条理な世の中を自分の足で歩ける力を育ててあげたい。
途上国ならそれはなおのことである。
今まであまりジュニアの育成というカテゴリーでバスケットボールを考えたことがなかったので、今回の2年間の活動は本当に勉強になってありがたい。
色んな経験を(意図的に私の意図を汲んでくれて)させてくれる配属先には感謝である。
DBLはメダンの、インドネシアのバスケットボール界にとってのお祭りである。
私はバスケットボールに対してここまで人生を熱く捧げたことはなかったので、
本当にこのお祭りは面白かった。
そして幸いなことに私のインドネシアライフにはもう一回だけDBLを見れる機会がある。
どっちのチームが勝とうが負けようが正直私にはどうでもいいことではあるが、
それでも私がコーチングクリニックやアドバイザリーコーチで関わった選手が躍動して、
その親たちが狂ったようにはしゃいでいるのを見るのはとても楽しい。
「誰かがみんなと成長できる場所」それがDBLのように感じた。
これから旧正月と断食が始まり、この街のバスケットボール活動は止まる。
本当にインドネシアのバスケットボールは面白い。
次は何が起こるのか。
今月末は最後のコーチングクリニック。
また新しいバスケットボールに会いに行こう。
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