Indo Monolog 21-自分への戒めとして-

あと一週間で任地に来て4ヶ月がたとうとしている。


身体のメンテナンスをしなさすぎてガタがだいぶ出てきた。

やはり年には勝てないのだろう。


モンゴルの時を思い出した。

出国して2週間で訃報。日本で1ヶ月ステイ。帰ってきたら配属先は夏休み。

実質3ヶ月は活動に足止めを食らった。


そう思えばインドネシアでは順調なスタートを切れた方かも知れない。


しかしモンゴルはそのあとは怒涛の活動の日々が始まり、

やらなくてもいいモンゴルのプロリーグのヘッドコーチまでしたものだから、

朝活動で家を出てもいつも家に帰ってくるのは深夜だった。


1年目は本当に何もする暇がなかった。新卒でポンコツすぎたこともあったかもしれない。

そして日本人ともつるみ過ぎたかもしれない。首都にいたのが原因。



幸い今回はこの街には日本人はほぼいない。

先輩と会うこともほぼない。


という意味では、恵まれた環境にいるだろう。



しかし、そろそろ全然時間が足りなくなってきた。

歳のせいで身体の回復も遅い。

睡眠時間が足りないとなかなか日中のクオリティが上がらない。


なぜこんなにも時間が足りないのか。。。。


活動していてただただ思う。時間がほしい。




モンゴルの2年目は時間がありすぎて本当に困った。あるあるに対処できなかった。

そもそも1年目が時間がなさすぎて、2年目にぽっかり穴が空いたので時間の使い方をわからなくなってしまったんだろう。新卒とは本当に視野狭窄してしまう。今の同期の新卒は私のあの時と違って本当に優秀である。やるべきことをちゃんと自分で見つけている。




どこにも時間がない。


どうやって時間を捻出するか。


それがこれからの課題である。


もしかしたら効率が悪いのかもしれない。


もしかしたら日本人に時間を割きすぎてるのかもしれない。


もしかしたら然るべきルーティンを全く確立できていないのかもしれない。


回復するための時間と質を確保できていない。


自分の調子が悪い時のルーティンを見つけられていない。


SNSで無駄に時間を使いすぎている。


プライオリティの順番を間違えている。




活動とは日々とっ散らかっていく。


やりたいことが多すぎるから。



新卒の時は口だけで何も有言実行できなかった。


今は違う。


やりたいことが多すぎて、やれる力があるのに、


それに時間を割けていない自分がいる。



邪魔している正体は何なのか。。。。




いうまでもなく妥協している自分だろう。



いつもどこかで言い訳を探している。



誰かに「あなたは十分頑張っているよ」と言ってもらって安堵している。


上部だけの活動を評価されて

「本当にすごいね」と言われて有頂天になっている。



途上国の人間からしたら、

オンタイムの世界に生きているだけで

「あの日本人はすごい」とチヤホヤされる。


でも、彼らは一生オンタイムを模倣しようとは思わない。

途上国だから仕方ないとみな諦めている。



「仕方ない」


「だって・・・」



途上国を肯定する魔法の言葉。



現地に順応するのと、


現地に流されるのは違う。


自分の活動の成果の上がらなさを途上国の時点にした時点で、

もーあなたは立派な現地の人(のネガティブな側面までもらってしまった)である。



半年たつと、日本人を忘れていく。


「ま、いっか。日本に帰ったらこんな生活もうできないし。。。」と妥協していく。


自分が日本人でなくなっていく自分をどれだけ見つめらているか。


最近、少し途上国にかまけてサボりすぎてきたように反省している。



2年が長いと感じたら、日本が恋しくなった時点で、もーそれは活動に集中できていない。



毎日毎日あっという間に終わっていって、本当に今困っている。

モンゴルの1年目のように。


24時間じゃ足りない。


睡眠時間削ったらもー身体が持たないし。


活動はそのうち落ち着くのだけれど、

また自分で余計な活動に手を出してしまう。



インドネシア語を勉強する暇がない。

暇がないのは嘘だろう。毎日コツコツする習慣がないだけである。


インドネシアでできた仲間と全くご飯に行けていない。

毎日誰かが呼んでくれるのに、会えていない。



小さい街なのに、まるで東京のように、

いつでもすぐ会えるはずなのに、時間を確保できない毎日で、


ご無沙汰している人たちがたくさんいる。


モンゴルの時は

「あと700日もあるか」と思っていたが、


インドネシアは

「もー700日しかない」とずっと焦っている。



1日1日を大切にできていない。


とあるまんがで


「大事なものは失ってから気づくんだ。そんな安っぽい歌詞が嫌い」


と言っていた。


失う前に大切だと気づいているのに、


なぜもっとそれを大切にできないのか?



インドネシア語にTerbiasaという言葉がある。


日本語にするのは難しいが


「もー慣れた。いつも通りに」という意味で、


つまり


「失わないと気づけないぐらい当たり前になった」


とも言える。



感謝が足りなくなってきた。


私の場合の原動力は



1. 締めきり


2. 自己成長のための渇望


3. 感謝



時間がないのでもっと成長したい。


成長するためにもっと周りに感謝して、彼らといる時間を大切にしたい。


というループを回していく。


結果としてもっと時間がなくなるのだけど。



そしてそんな無駄な書き物をしている間にあっという間に今から出張の時間。



今日も1泊でコーチングクリニックに行ってきます。




大切なのは、どれだけ忙しくてもどれだけ時間が無くても


「明日死んでも大丈夫」と思えるように無駄な時間だけ作らないこと。



心に余裕がない時は無駄をたくさん作らないといけないけど、


心に余裕がある時は無駄にしてる時間など1秒もないのだから。



サボらない。


自分への戒めとしてアウトプットしておきます。







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