Jindo Basketball 6 -バスケットボールマグネット-

この週末にIBL(インドネシアバスケットボールリーグ)の試合を見てきた。

我らがRajawali Medan(メダンイーグルス)のホームゲームだった。


試合は土日のどちらも負けた。

土曜と日曜で相手が違って少し驚いた。

Bリーグにそんなことってしょっちゅうあるものだろか?


土曜日に負けたら、スカウティングしまくって日曜にやり返すというのがホームアンドアウェイの醍醐味だったんだけど、私は古い人間なのか、インドネシア特有なのかさておき。


久しぶりのプロチームの公式戦を見たので忘れないうちに感想を。


実力は正直最近あまり日本の試合を見れていないのだからわからないけど、

importsを含めるとB3では全然やっていけるレベルのように思う。

B3と練習試合してみたら面白いんじゃないかなと思う。


プロのチームは面白い。


なぜなら


① ちゃんと戦略がある(IQを持ってバスケットボールをしている)

② ディフェンスをちゃんとしている


からである。どうしてもジュニアの試合はどちらかが担保されないので、

なかなかやはり見ていてもHCというよりかはTeacherという気分になってしまう。


バスケットボール仲間のおかげで人生で一番いい席で見れたかもしれない。

試合を見ている間はずっとパソコンを開けたくなる。


ビデオコーディネーターを昔やっていたさがか、ひたすら分析したくなる。

どんどんアイデアが降ってくる。


コートの上のことも、試合の合間のことも、コートの外のことも。


これからホームの試合の時はできるだけ見にきたいと思う。

本当にプロの試合はインスパイアされることが多い。


今日書きたかったことはソーシャルキャピタルに関してである。


地域の名前を冠したチームの試合会場(アリーナやハコと呼ぶ)の果たす役割である。


インドネシア人じゃなくても日本人でも、

普段人間は毎日同じ人に会わない。


もし同じ人に会うのは、ご近所か、学校の友達か、クラブの友達か、職場の同僚か家族か、恋人か、あと毎日会ったり連絡とったりする人はいるだろうか。


普段会わないのにも関わらず、会おうという約束もしないで、

試合の日は偶然「久しぶり?試合見にきたんだね?最近どう?」と会うことができる。


地域のハブになって、数週間に1回か、1ヶ月に1回か、非意図的にその場所でオフラインで会うことができる。


特にメダンという街は大きくないし、バスケットボールコミュニティなんて日本のそれとは違ってしれているので、本当にまだメダンに来て3ヶ月の私でもたくさんの人と挨拶する。


初めましてよりも、「いついつ以来だね」と握手することが多い。


「コーチ!!」といきなり叫ばれたら、おそらく私の教えた子(多すぎて名前を覚えるの不可能)やその保護者だったり、


「あつき!!」と呼ばれたら草バスケ仲間だったりコーチ仲間だったり、


「センセイ」と呼ばれたら一緒にイベントを運営した仲間だったり。



ここに来れば普段しょっちゅう会わないけど、確かなバスケ仲間と再会する。

再会という言葉は少し違うかもしれない。


いつも社会の中で繋がっている人たちと、ここのハコに来てただただオフラインで改めて顔を合わせるだけである。


普段はこのご時世SNSでオンラインで繋がっているし、メッセージでやり取りすれば、

投稿でお互いの近況をKeep in Touchしている。


でも、ここにこればオフラインで顔を合わせて電話ではないオフラインの音で顔を合わせて、

オンラインで取れないスキンシップで再会するのである。


オリンピックやワールカップは数年に一度の同窓会だけど、

プロチームのホーム戦は地域の花金ならぬ花土日である。


Happy Weekendとでも言うのだろうか。


普段は私たちは同じ街でみな自分の家庭や仕事を持ってバラバラに生きている。


でも、今日のこの日だけは地域の市民となって、

地域のチームを応援する。


正直、勝とうが負けようがどうでもいい。


今日も負けた。


私の友達たちは

「Lastの5分でやられたな、あそこさえ踏ん張ったら今日は絶対に勝てたのに・・・」


とぼやきながら盛り上がっていた。


これが日本ならそのまま居酒屋に突撃して、酒のつまみにするのだろう。


勝っても負けても「おらがチームなのである」


愛着がなければ負けてぼやくことも何もない。


愛されるチームは強いか弱いかではなくて、

サポーターがチームを「自分ごと」のように考えてくれるか。


他人事になったら、試合など観にこない、スポンサーになどなってくれない、

試合結果など誰も気にしない。


昔広島に住んでいた時に、

「今日の天気は・・・」よりも、「昨日のカープは・・・」で1日の会話が始まる。


噂ではリトアニアのバスケもそうらしい。


天気よりもカープの結果の方が私の上司にとっては大事だったのである。


彼らはこのチームの試合の勝敗のプロセスを観戦して、

結果に一喜一憂して勝っても負けてもReviewして、


「また次の試合で」と彼らのいつもの日常に戻っていく。


日常生活ではないが、これは非日常でもない。

おそらく日常と非日常の「半日常」だろう。


特別な日ではない、でも日常でもない日常。


チームが地域のハブとして、

ソーシャルプラットフォームとして機能していく。


これで市民の結束が強くなるとは思えない。


それでも普段メダンの街を歩いていて知り合いに会う確率よりも、

ダントツで試合会場で会う知り合いの数の方が多い。


バスケットボール関係者だけのソーシャルキャピタルかもしれないけれど、

バスケットボールが「人をつなぐ」機能を果たすのである。


接着剤のようなものではなく、引力や磁力のように、普段は離れていても、

試合の日が近づけばその場所に引き寄せられる時間式のマグネットのようなものである。


仮に「バスケットボールマグネット」と名付けたとして、

このマグネットは次第にいろんな人をもくっつけていく。


チームという引力の大元のハコがあったとして、


人単位のマグネットはハコに引き寄せられつつも、

人同士でもお互いに引きつけ合って街で勝手にくついていく。


街中に増え続けたマグネットは、意図的にそして時には意図せずに至る所で、

個人的に、局所的に、一時的に、そして長期的に偶発的にくっついていく。


このマグネットは大災害が起きた時や、いざチームが勝ち進んだ時、

いざ街が何かしようとした時に象徴的なものとして機能する。


この規模のマグネット(ソーシャルキャピタルと呼べるかもしれない)

はどうすれば意図的に作れるのだろうか?


これが意図的に作り出せれば街おこしなんか簡単に生み出せるのではないだろうか?


なので大切なことはこのマグネットは引力である中心のハコ(ソフトはチーム、ハードはアリーナ)はその社会のインフラを担うことである。例えば社会の問題をここで解決できるようにしたり生活に大切なモノやコトをここで手に入れられるようにすることである。


社会インフラとハコを一体化できたなら、このマグネットの引力をもっともっと大きくできるような気がする。


引力を強くするにはチームが勝てることが大切だけど、最終的に勝ち負けはどうでもいい。

ハコを愛してもらえるかどうかというそれだけである。


メダンのバスケ人口はよくわからない。

(私がバスケコミュニティにいるせいでめちゃくちゃ多いと勘違いしてしまうからである)


でも、おそらくバスケなんか全くこの街では流行っていないだろう。

バスケに興味ない人の方が大いに決まっている。


それでもバスケットボールが、社会の何かをくっつける磁力を持っていたとしたのなら、

「あーRajawali Medan?試合に行ったことないけど知ってるよ」と言ってくれることがあるかもしれない。



市民を少しずつその引力で人と人をくっつけるマグネットになれることが、

ハコのソーシャルキャピタルとしての使命だと感じた。


そのためのイベントや企画をどんどん打ち上げていくことが、

地域を盛り上げることに繋がるから。


大切なのはバスケをしたらいいのではない。

社会がそのハコに足を運んでみたいという引力(面白さとインフラ)を作らないといけない。


社会貢献かもしれないし、お祭りかもしれないし、インフラかもしれないし、

雇用かもしれないし、施設かもしれない、環境かもしれない。



でも、社会のニーズ(行きたい力)にハコの引っ張りたい求心力をマッチさせることができたら、マグネットはより多くのくっつく力を生み出すことができる。


ハコの魅力は街によって違う、社会が求めているものは地域によって違うのだから。

ソーシャルキャピタルの形は市民が決めるものである。



この土日は、久しぶりとも言えないけど、毎日ではないたくさんのバスケットボール仲間たちと挨拶をした。新しくできたバスケットボール仲間もできた。


この引力は、バスケットボール以外のスポーツで生み出せるのか?


スポーツ以外の何かで生み出すことができるのか?


少なくとも私はバスケ以外でこんなにメダンの友達はできなかった。


全ての私の人間関係はメダンのバスケットボールありきなのである。

(バスケ以外の活動をしていないので・・・・)


バスケットボールはソーシャルプラットフォームとなってメダンのインフラになり得るのか?

もしなれるのであればそれはきっとバスケットボールが地域のソーシャルキャピタルと誰もが認めてくれ流だろう。



試合会場に来て挨拶をする。


毎日ではないけれど、知らない人ではない人と、挨拶をする。

知り合いづてで知らない人とも顔見知る。


それが試合があるシーズンは定期的に起こる。


社会が機能しなくなるときは、


「孤独になること」と、


ムラ社会のせいで、「孤独になりたくなる時」だと思う。


このバスケットボールの試合は、この2つの絶妙なバランスで、

どっちにもいかないようにマグネットしてくれる。


遠すぎず、近すぎず。


「マグネタイズする」


これがプロスポーツチームの課題だろう。


バスケットボールマグネット



もしあなたが地域振興を任された時、

街おこししてくださいというミッションになったなら


どのように街をマグネタイズしてみたいですか?


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